Angel's Despair -BAD・END-
1

 暗く深い洞窟の奥底で、ロックはひとりたたずんでいた。
 熱くたぎる溶岩にかこまれ、眼前にはひとつの宝箱。

 ごくり。
 ロックは生唾を飲み込む。

 むせ返るほどの熱気に眩みそうになる意識を必死で繋ぎ止めながら、ロックはただ宝箱をじっと見据えていた。――いや、意識が眩みそうになるのは、なにも洞窟の熱気や最深部の酸素欠乏によるものだけではない。彼自身、肉体的疲労もすでに限界を越えているのだ。
 だが、彼はどうしてもここに辿り着かねばならなかったのだ。
 彼をここまで突き動かしたのは、ひとえに彼の精神力。そして、彼が長らく心に秘めつづけてきた悲願を、なんとしても叶えたいという一途な想いであった。

 ロックは顎をつたう汗を無造作に腕ではらい、陽炎のごとく揺れる宝箱へと、その一歩を踏み出した。
 

 ついに、探しあてた。
 俺は、ついに探しあてたんだ。
 

 ロックの脳裏に、花のような微笑みを浮かべた可憐な少女が鮮やかによみがえる。今はもう、その瞳に世界を映すことも、その唇で未来を紡ぐことも、その身で生命の息吹を感じることも叶わなくなってしまった、愛しい少女。
 彼女のすべてが奪われてから、いくつもの歳月が流れた。けれど、彼女はかつての姿のまま、今も静かに眠りつづけている。
 そう、この日の為に――…。

 宝箱の元まで到達すると、ロックは注意深くそれを調べた。蓋の留め金細工のところに、帝国のシンボルマークが彫られている。

 間違いない。この中に“秘宝”がある。

 ロックの鼓動が高鳴った。
 それでもなお平静を保つよう努めながら、ロックは丹念に宝箱を調査する。なにしろ相手は、猜疑心に満ちあふれたガストラだ。
 案の定、仕掛けられていたトラップをロックは解除してゆく。しばらくの後、持ち合わせていた鍵や針金を用いて、宝箱はようやく開いた。

「――――…!」

 宝箱の中から溢れ出る、淡いひかり。
 ひかりの中心には、見覚えのある半透明の石が安置されていた。
 

「“魂を蘇らせる伝説の秘宝”って――、魔石…だったのか…」

 思ってもいなかった事実に、ロックは僅かばかり驚愕した。だが、これならばその言い伝えにも信憑性がある。幻獣がその身に宿る魔力を結晶化させた“魔石”なら、本当に蘇生は可能かもしれない――…!

 ロックは魔石に手を伸ばした。
 空気を震わす魔導の波動が、ロックの指先に伝わる。

「!!!」

 ロックの手のひらに魔石が触れた瞬間、ロックの脳裏に鮮やかな不死鳥のイメージが浮かびあがった。
 その色彩は、彼らを取り巻く溶岩と同じく鮮烈な朱。
 ほとばしる生命を思わせる、鮮血の紅であった。
 

 これならば。
 この魔石なら、本当に――。
 

 ロックは、手中の魔石を凝視した。
 しかしその瞬間、ふとした違和感に眉をしかめる。溶岩の光に透かしてまじまじと見つめると、魔石に大きなヒビが入っているのが確認できた。僅かだが発光している魔石のヒビは、細心の注意を払わなければ発見が不可能なほど判りづらいものだった。
 ロックは額のバンダナを外すと魔石を厳重にくるんだ。そして腰に結わえつけた道具袋の一番奥に、そっと収納する。

「よし…待ってろよ、レイチェル…」

 ロックは道中に購入していたテレポストーンのちからを解き放った。
 

2

「くそっ…もっと速く動かないのかよ!?」

 紅くにじむ水平線を睨み、ロックは声を荒げた。
 波をかき分ける小型運搬船の動力音が、ダイレクトに胃にくる。胸に広がる不快感と焦燥感から、ロックはしらず険しい表情となった。
 そんなロックに、乗り合わせた恰幅の良い中年男が見かねて声をかける。

「そうは言ってもな…坊主。この御時世だ。向こうに渡れるだけでもありがてェと思った方がいい。俺なんざ出航まで1週間ばかり待ってたんだ。おめェは運良くこの船が出航する直前に来たんだ。おめェは運がいい方なんだぜェ?」

「…そんなの、わかってるさ…!」

 ロックは身をひるがえすと、船室の方へと歩き出した。
 その様子に、中年男は無精髭をかきむしりながら溜息をつく。
 

 そんなこと、俺にだって充分わかっている。
 俺だって最初に来たときは1ヶ月も足止め喰らったんだ。

 ロックは薄汚れた簡易寝台に突っ伏して、唇を噛んだ。
 しけった毛布のほこりが僅かに気管に入ってしまい、少しばかりむせる。

「……くそっ!」

 なにも出来ない自分がもどかしい。
 気ばかりが焦って、なにも手につかない。

 自分がいくら焦ったって状況が好転しないのだという事は、痛いほどわかっている。けれど秘宝を入手した今、一刻も早くレイチェルの元へと帰りたい。
 それゆえにロックは無駄な焦りを押さえられずにいたのだった。
 
 

 ケフカの裁きのいかづちによって、およそ2年前に世界は引き裂かれた。セッツァーの飛空挺も砕け、仲間もみんな散り散りになったようだった。
 仲間の安否は依然として知れない。自分もよく助かったもんだと思う。

 大陸はいくつかのプレートから成っていて、気の遠くなるような時間をかけてそれが動くことによって地形は少しずつ変形する、という記述をロックは何かの書物で読んだことがあった。しかし、それがたった一瞬で、しかもその目でその瞬間を見てしまったのだ。空の、高いとこから。さながら神の視点のように。
 あの状況からどうやって助かったのか、本当にわからない。

 意識を取り戻し荒野をさまよっているうち、見覚えのある建造物が見えた。
 ジドールの街だった。情報を集め、コーリンゲンがあったとおぼしき方角を特定し、進路を北に取った。しかし陸続きであったはずの土地が、大きな海原によって分断されてしまっていた。
 あのとき目撃した通り、世界は崩壊し地形がすっかり変わってしまったのだ。もちろん地図もない。今までの土地感なんかまったく当てにならない。
 それでも船に乗ることができて、なんとかコーリンゲンに辿り着いた。

 レイチェルは、無事だった。
 あのままの姿で、ずっと自分を待っていてくれた。
 

 世界が壊れても、自分は生きている。
 世界が壊れてしまえば何もかもが終わってしまうんだろうな、などと漠然と考えていたが、実際のところは決してそんなことはないのだ。
 世界が壊れてもヒトは生きるし、ヒトが壊れても世界は続く。

 秘宝の情報をあらたに入手したロックは、もと来た道を引き返してジドールへ戻り、やがて元帝国領へと渡ったのだ。
 険しい山脈をたったひとりでよじ登り、熱い溶岩にたぎる洞窟を攻略し――、そして秘宝を入手した今、再びコーリンゲンへと向かっている。
 

 これで、真実が取り戻せる――。
 止まっていた時間を、動かせる。
 

 遅くなっちまって、ごめんな。
 おれ、謝りたいことがいっぱいあったんだ。
 もうちょっとで、また会えるんだ。

「……待ってろよ、レイチェル――…」

 ロックは瞳を閉じ、そうつぶやいていた。
 

3

 この日を、夢にまで見ていた。
 本当かどうかもわからない、子供だましのおとぎ話だけを心の支えにして、今までなんとか“生きること”を自分に赦してきた。

 目の前には、いまだ深い眠りの中にいる少女。
 そしてこの手の中には、淡くかがやく神秘の魔石。

 レイチェルが横たわっている寝台のそばにそっと跪き、ロックはすり切れた革手袋を外した。しんと張りつめた空気があたりに漂う。
 ロックは大きく深呼吸をしたのち、真剣な面もちで魔石をかかげた。魔石に宿る魔力に必死に語りかけ、ただ一心に祈りを捧げる。しかし、魔石からは何の反応も得られない。

「くそ…っ、やっぱりヒビが入っているから…?」

 ロックの表情に次第に焦りの色が浮かんできた。
 祈りの言葉も、いつしか悲痛な懇願へと変わってゆく。

「たのむ、たのむから、力を――…!!」

 その時、魔石に異変が起こった。
 強力なエネルギーが魔石の中心から発生し――…。
 

 ………――――……!!
 

 かすかな音色を奏で、それは砕け散った。
 

「な……ッ!?」

 ロックの表情が、かたく凍りついた。
 凄まじい形相で足元に散らばるその破片を凝視する。

 何が起こったのか、ロックは理解できなかった。

 ふとレイチェルを見やるが、彼女には何の変化もない。
 魔石のかけら――その波動は、徐々に薄らいでいる。
 

「そんな――…!!」

 ロックは弾かれたように砕けた魔石をかき集めはじめた。鋭く尖った切り口が手指を傷つけるが、そんなことに構っている余裕はない。
 血に塗れた破片からは、もうすでに魔導の力は微塵も感じられなくなっていた。ただの、石の塊へと変貌してしまっていたのだ。

 ロックの腕を、一筋のあたたかい朱の流れが伝った。
 ようやく感じた鈍い痛みに、ロックは思い出したように眉をしかめる。傷口の根元を押さえると、新しい血液がそこから溢れ出してきた。

 傷口に手をかざすと、ロックは喉の奥で呪文の詠唱をはじめた。
 しかし、そこから温かい癒しの波動は生まれなかった。

 ロックの脳裏に、信じたくない仮説が浮かび上がる。
 

 まさか…魔導の力が、失われた?
 魔法を司る“三闘神”の均衡が崩れた?

 いずれにせよ、ようやく手に入れた“秘宝”は失われてしまった。
 もう、レイチェルを取り戻すすべは絶たれてしまったのだ――。
 

 真実は、もう還らない――…。
 もう、二度と。
 

「レイチェル――!!!」

 ロックは横たわるレイチェルの上に泣き崩れんとした。
 しかしその瞬間、ぐにゃり、と厭な感触がその頬に伝わる。

「え……」

 恐る恐る、ロックは顔を上げる。
 視線の先には、祈りのかたちに組まれた白く細い指。その手のひらは、いつも通りに彼女の腹部に添えられていた。
 だが、その腹部は――。
 先ほどのしかかられたロックの重みに、無惨に陥没していたのだ。
 

「そ…そんな…そんな…!!」

 ロックは大きくかぶりを振って後ずさる。

 いつまでも綺麗な、俺のレイチェル。
 こんなことが、あるハズがない。

 気を取り直したロックは、それでも微かに震えながらレイチェルの腕を慎重に動かした。絹のブラウス越しに触れるそれはとても細かったが、血の通わないその物体は、鉛のように重く感じられた。
 ゆっくりと、ゆっくりと。まるで壊れ物でも扱うかのように、ロックはレイチェルの手首を指先だけでそっとつかみ、腕を移動させる。

「!!」

 その瞬間、彼女の腕がずるりと寝台の外へと落ちかかった。ロックはあわててそれを受け止めようと腕の下部に手をそえる。だが、落下の衝撃が手のひらに感じられた刹那、その重心はさらにずれ、腕は床へと落下を続けようとする。
 けれど腕を被っている絹のブラウスが、重力に従うその作用を抑制した。

 ――レイチェルの腕が、もげたのだ。

 ブラウスの肩口と手首を支えるロックの手との間で、付け根からもげた腕が引っかかり、ハンモックのように揺れている。

「…―――……――…!!!」

 ロックの喉から、声にならない叫びが漏れる。
 やがて、腕の重みによってブラウスの袖口が少しずつ捲れあがっていった。さっきロックが取り落としたことによって皮膚が擦り切れ、痛々しくささくれ立った少女の細い手首があらわになる。
 

 …――こんな、こんなことって……。

 ロックは、蒼白になって後ずさる。
 目の前には、愛しい少女の変わり果てた姿。
 彼女の肉体は深部で損傷が進行していたのだ。
 

 俺は、この手で。
 この手で汚してしまったんだ。
 その穢れなき、魂を。

 俺は、この足で。
 この足で踏みにじったんだ。
 永久に続く、安息のねむりを。
 

 ロックの瞳から、大粒の涙があふれだした。頬を伝ってこぼれ落ちたそれは、床に散らばる血に塗れた魔石の破片に降りそそぎ、あたりに四散する。
 押しつぶされそうな想いに醜く歪んだロックの口元は、やがて悲痛な微笑みの形状をかたちづくった。
 

 ごめんな、レイチェル。
 俺、おまえのこと考えてなかったな。

 ほんとうに、ごめんな。
 こんなことになるとは思ってなかったんだ。
 

 ほんとうに、ごめん――…。
 
 

4

 微笑みは、やがて遠く。
  追いかけど、決して届かず。

 想い出は、あわく儚く。
  求めれど、虚しく散りゆく。
 

 薄暗い地下室へと続く階段に、乾いた靴音がふたつ、かすかに響く。
 床に濃く落ちる影は、長身の男と女。狭い階段を先に降りてきたのは男の方であったが、彼はふと途中で立ち止まった。後に続いていた女は、怪訝な顔をして男を見やる。

「どうしたの――…」
「――ここに、あいつはいない」

 女の問いかけを遮るように、男は口を開いた。

「……引き返そう――…」

 女の場所からはちょうど壁が視界を阻んでおり、階下を覗くことが出来ない。男の表情がどことなく堅いことに胸騒ぎを覚え、女は男を押しやり身を乗り出した。

「――見るなっ…!!」

 男の制止も虚しく、女は階下の状況をその瞳に捉えてしまった。
 男は、女が発狂してしまうのではないかと恐れていたのだ。
 女は暫くそのすみれ色の瞳を大きく見開いていたが、やがてゆっくりと吸い寄せられるように、だがしっかりとした足取りで男の脇を通り抜け、階段を一段一段くだってゆく。

「――…やっぱり、ここに戻って来たのね……」
 

 階下にひろがる、甘い香り。
 干からびた花々が乱れ咲く地下室。

 その中央に倒れている男に向かい、女は語りかける。
 だが、男は何も答えない。
 部屋全体を、重苦しい沈黙が包む。
 女から遅れて階段を降りてきた男も、ただ黙ってその場に立ち尽くした。

 その部屋は、見渡すかぎりが真紅に染まっていた。
 まるで不死鳥がその翼を広げているかのように、倒れている男を中心に、放射状に紅い血潮が飛び散っている――…。

 女は、倒れてる男のそばに跪くと、その頬にそっと触れた。
 ぬくもりが、まだわずかに残っていた。
 

 男の手には、鋭く尖った魔石のかけら。
 男は、それでおのれの頸動脈をかき切ったのだ。
 それも、ほんの今しがた。たった、いま。
 

 もの言わぬ姿になった愛しい男に、それでも女は語りかける。

「…私たちでは…あなたの支えに、なれなかったの…?」
 

 男にとっては、少女がすべてだった。
 少女を中心に、男の世界がまわっていた。
 

「すべてが終わって…これからなのに。これから、すべてが始まるのに。どうして、待っていてくれなかったの――…!!」

 だが、彼のすべては終わってしまった――。
 

 背後でたたずむ男は、それでも黙って女を見つめていた。

 自分も、女と同じ思いだ。
 残された者のことなど微塵も考えなかった男の行動を、心の底から非難し、思いきり罵倒し、そして悲しみにくれた恨み言をぶつけてやりたかった。

 けれど、それは出来ない。
 自分が取り乱してしまったら、目の前の女はどうなる?
 それとも、ふたりして泣き崩れてしまおうか。
 

 ――――滑稽だ。
 
 

 澱んだ空気の満ちる地下室に、かすかに遠く大砲の音が響く。おそらくは、狂魔導士が潰えたことを知った民衆らが放った祝砲であろう。
 少し遅れて、人々の歓声も、遠く聞こえた。

 新しい時代の、幕開け。

 理不尽な恐怖におびえる日々は去った。胸に抱くのは希望と未来。人々はこれから荒野となった大地を開拓し、あらたなる歴史を築きあげてゆくのだ。
 

 世界が壊れても、人々は強く生きる。
 だが生きる希望を喪えば、やがて道を見失う。
 

 希望に満ちるはずの世界でも、彼には絶望しかなかったのだろうか。未来をすべて投げ出してしまえるほど、彼女の存在は偉大なるものだったのだろうか。そうまでして彼女を求め、いったい彼は何を得ようとしていたのだろうか。

 だが、それを知ることは決して叶わない。
 彼自身が、おのれの世界を終わらせたから――。
 

 女が、倒れた男のそばに落ちている布を手に取った。血溜まりに落ちていたそれを持ち上げると、紅いしずくが端からぽたりと落ちる。
 それは、ほんの先程まで彼の体内をめぐっていた、生命の証。

 女はクスッと嗤った。
 喉の奥の方で絞り出すように嗤った。
 そして、声をたてて嗤った。
 背を反らせて高らかに嗤った。
 

 はるか遠くで再び、祝砲が鳴る。
 眉間に深く皺を刻んだまま、男はかたく瞳を閉じた。
 とてつもない虚無感と疲労感に襲われる。
 しかし、自分は前を向いて歩かねばならない。
 なぜならそれが、己に課せられた使命であるから。
 

 男は女の手を引き、地下室を後にした。
 ふりそそぐ陽射しはいやに眩しく、不快だった。
 それでも男は、光の中へとその身を投じていった。
 
 

  世界が壊れても、ヒトは生きる。
  ヒトが壊れても、世界は続く。
 

  ――どこまでも、永遠に――…。
 
 
 

END


…――ふと、思ったんです――…。
「3人クリア」したら、ロックはレイチェルに再会できないまま。
そうなったら、ロックの哀しみは尋常じゃないだろうなぁ…♪
すべてに絶望したロックは、どうなるんだろう…♪♪♪
それで書き上がったのが、コレだったりします。
しかし…レイチェルLOVEッ子なワタクシなハズなんですが。
なんか、ものスゴイことになってしまいました…。
こんな小説もオッケーですか?ダメですか。そうですか…。
でも、黒い小説は書いてて愉しかったですぅ――。

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