不可解の精神構造 -normal.ver-

灼熱の砂漠の真ん中に雄々しくそびえるフィガロ城。
昼下がりの強い陽射しが、石造りの壁をじりじりと焦がす。
男――ロックは扉を開けた瞬間、その眩しさに目を細めた。降りそそぐ陽射しの中を数歩あゆみ、誰に言うともなく口を開く。
「…あちー。なんで主通路がおもいっきり外にあるんだよ…」

リターナーとフィガロのパイプ役であるロックは、今回もバナンからの密書を持ってエドガーの元を訪れていたのだった。つい今しがたエドガーに書簡を渡し終え、玉座の間から出てきたところなのだ。

もちろん砂漠の中央に位置するからには、それなりの空調設備は整っている。実際、玉座の間や屋内通路は冷房が効いており、快適な空間が保たれている。
だが、玉座の間と各施設をつなぐメイン通路は、屋外に存在するのだ。屋外では空調を整えられるはずもなく、暑さを回避するすべもない。
屋外を通行するのは時間的に短いのだから取るに足らないことだと解ってはいるが、今まで快適な空間にいたところから灼熱の下に出れば、自然と文句のひとつも口をついて出てきてしまうのであった。

ロックは、さもこの城の従来の住人であるかのような顔で歩きながら、いつも暑さをしのいでいる場所へと向かっていった。
 

*
 
「あ、ロックさま」
扉を開けようとしたとたん名を呼ばれ、ロックは振り向く。
そこには知的で思慮深そうな女性が微笑んでいた。
「えっと…」
「アイリーンです、司書の」
彼女は、ロックが向かおうとしていた図書室の管理をしている女性だった。
「あぁ、アイリーン。“さま”はやめてくれよ。俺には似合わないしさ」
ロックが苦笑いすると、彼女ははにかみながら首を振る。
「いえ。陛下の御友人でいらっしゃるんですから、当然のことですよ」
「そうか〜? 門番はオマエ呼ばわりだったけどなぁ…」
「門番? 赤茶色の髪の子じゃありませんでした?」
眉をひそめながら問いかける彼女に、ロックは頭を掻きながら答える。
「あぁ…そうだったかな?」
「ランディったら…。あ、すみません。あの子…ランディっていうんですけど、エドガー様に憧れて入隊してきたもんですから、陛下と懇意にされてるロックさまが羨ましいんですよ、きっと」
彼女の言葉に、ロックは意外そうな顔をした。
「へぇ…あいつも男に好かれることなんてあるんだ…」
「まぁ。フィガロの民はみな陛下を敬愛しておりますよ?」
小さく微笑みながら、彼女は図書室へと通ずる扉を開けた。
 

フィガロ王国立図書館――。
これが、この図書室の正式な名称であった。

フィガロ城の一室に設けられている施設であるが、その蔵書は世界にも類を見ないほど豊富なものであった。その膨大な蔵書は独自の十進分類によって区分され、管理されている。高名な学者も、時々この施設を利用しに訪れるらしい。

「ロックさまは結構ここの蔵書は読破されましたよね。特に…自然科学や歴史、産業…言語学も熱心に読まれてましたね」
「あぁ。世界一の冒険家たるもの、いろんな雑学を吸収しとかないとダメだからな。生物学とか地質学…薬草学なんかは直接自分の生死に関わってくるし、その土地の風土や哲学なんかも把握しとくと、けっこう情報収集に役立つからな」

手持ちぶさたな時間をこの図書室で過ごすことが多くなっていたロックは、自分が興味のある書物を片っ端から読みあさっていたのだった。

「ロックさまって、見かけによらず努力家なんですね」
「見かけによらず、って…。ひっどいなぁ」
思わず苦笑するロックに、アイリーンは声を立てて笑う。
「ふふ、だって書を好むタイプには見えませんでしたもの。…でも、だからこそロックさまがここに通ってくださってるのが嬉しかったんですよ?」
はにかみながら見上げる彼女に、ロックはにこやかに肯いた。
「あぁ。俺も今まであんまり本とか読んだことなかったんだけどさ、ここのおかげで結構、博識になったんじゃないかなーと思ってる」

「しかし、芸術や文学には疎いがな」
突然に背後から声をかけられ、ロックは思わず振り向く。
「エドガー!!」
そこにはこの城の主、エドガーその人が笑みを浮かべて立っていた。

「俺は現実主義者だから、実益の薄いものは切り捨てるんだよ」
エドガーの言葉の裏に、軽い侮蔑の意を汲み取ったロックは、ふくれながら言い放つ。エドガーはそんなロックに、やれやれと肩をすくめてみせた。
「何を言う…。文学にだって実益はあるさ」
エドガーはくるりと身をひるがえすと、アイリーンの手を恭しく取り、いくぶん芝居がかった口調で語りだした。
「アイリーン…君はベルウェルの叙情詩に登場する月の乙女のようだ。どうか彼女のように、これからもこの静かなる書架に悠久の平定を…!」
「まぁ…エドガー様ったら。あいかわらずなんですから」
アイリーンは、傍目から見てもわかるほど頬を染めてはにかんだ。

「なんだよ、それ」
いったい、今のやりとりの何がどう嬉しいのか。
理解に苦しむあまりあからさまに面白くなさそうな声を出すロックに、エドガーは薄く笑いながら解説してやった。
「ベルウェルの有名な一節を引用しただけさ」
それでもロックはポカンとしているので、さらに付け足す。
「彼は200年前の詩人だよ。女性にとても人気がある」
「…そうかよ」
ようやく理解したロックは、呆れたように吐き捨てた。
「間違いなく実益だな、“おまえにとっては”!!」
そんなふたりのやりとりに、アイリーンは思わずクスクスと笑う。

「まぁ、それより…」
エドガーは書庫をぐるりと見渡しながら、ロックに問いかけた。
「もうここの本はほとんど読んだんだって?」
「あぁ」
「実は…ここには秘密の隠し書庫があるんだ」
“秘密”という単語にぴくりと反応したロックに、エドガーはにやりと笑う。
「特別に見せてやろうか。アイリーン、すまないが鍵を」
「は、はい!」
 

*
 
一番奥の本棚へ向かうと、エドガーはその裏側に手を差し込み何やらスイッチらしきものを操作した。程なくして、右側の壁のあたりからゴゴゴゴゴ…と重い音が響きわたる。エドガーは音のした方へと歩み寄り、壁にそっと手を当てた。すると壁が大きくスライドし、隠し通路がその姿をあらわしたのだった。
その一連の出来事に、ロックはきらきらと目を輝かせる。
「すっげ…こんな仕掛けがあったんだ…」
「この城にはまだまだ秘密がたくさんあるぞ?」
通路の階段をくだり突き当たった扉を、エドガーは先程アイリーンから預かった鍵束で開けた。

「うわ――…」
ロックは、思わず感嘆の声をあげる。
眼前に現れた書庫は、広さとしては先程のフィガロ王立大図書館の1/6程度であった。しかし薄暗い室内には所狭しとぎっしりと書物の詰まった本棚たちが並べられており、その蔵書は大図書館の半数に匹敵するだろうと思われた。
書庫の中へと足を踏み入れると、独特のカビ臭さ・ほこり臭さがつんと鼻を突く。だが、それは決して不快なものではなかった。永きにわたる歴史やその他諸々の事柄を記し、人々に語り継いできた書物たちの、いわば勲章ともいえる存在感のあらわれであった。

エドガーは、入り口付近に備え付けてあったランプにそっと灯をともす。
「まぁ…重要機密というほどのものではないが、保存状態があまり良くなくて、一般に開放するのは難しいものなどがここで保管されているんだ」
「へぇ…」
ロックは手近な棚から、古びた書物を1冊手にとってみた。
年代を感じさせる重厚な革表紙を開くと、擦り切れてボロボロになりかけた紙に薄く消えかかった古風な書体の印字がなされていた。
「それは、産業革命頃の書物だな」
「…200年くらい前か」
確かに、こういった状態のものを誰もが閲覧できる場所で保管するのは難しいことであろう。この隠し書庫の存在はそれなりに理に適っている。
ロックは、書物をそっと本棚に戻した。
 

思えば自分も成長したもんだ、とロックは感慨にふける。
つい5年ほど前までは字を書くどころか読むことすらできなかった自分が、今ではこうやって書物を読んで理解することができるようになったなんて。

読み書きができないことは、別に恥ずかしいことではない。
教養なんてものは、上・中流階級の愚にもつかない暇つぶしであって、大多数の庶民が生きていくうえでは別段、重要でもなんでもないものであったからだ。

しかし、教養はロックの世界を広げてくれた。

それはまさしく、レイチェルの存在のおかげであった。
それまでは行き当たりばったりのその日暮らしの生活を送ることを余儀なくされていた、そんなロックに字を読むことを教えたのは、彼女であったのだ。

自分が見知っている現象を、論理的に説明されることの爽快感。
とある事象と別の事象の間に存在する、思いもよらなかった因果関係。

この世にひそむ不思議をひとつ、またひとつと垣間みてゆく度に、ロックの知的好奇心はどんどんと膨れ上がっていった。そして、いまだ誰も到達したことのない何らかの秘密を、いつしか己自身で解明してみたいとさえ思うようになっていたのだ。

ロックに新たな世界を与えてくれた、レイチェル。
やすらぎと、希望と、大いなる夢を与えてくれた、大切なひと。
しかし、彼女は覚めることのない深い眠りについている。

――さまよえる魂を呼び戻す、伝説の秘宝――

今のロックが書物を読みあさるのは、なんとかしてその手がかりを得ようとしているという意味合いも多分に含まれていた。
呪術なのか、秘薬なのか、はたまたもっと別のものなのか。
まったく見当もつかないそれを、ロックはひとり秘密裏に調査しているのだった。
 

*

「しかしロック…。おまえな、ニブいにも程があるぞ」
「んぁ?」
ふいに声をかけられ、ロックは首をひねってチラリとエドガーを見やる。
エドガーは書架の隅にある小さな机に腰かけ、腕組みをしながらロックを眺めていた。
「アイリーンだよ。彼女、あきらかにおまえに気があるじゃないか」
「はぁっ?」
思ってもいなかった言葉に、ロックは素っ頓狂な声をあげる。
「そ…そうかぁ? 全然わからなかったけど…」
困ったように頭をかくロックに、エドガーは「救いようがないな」とでも言いたげな表情でため息をつく。
「まったく、おまえという奴は…。思わせぶりな態度を取ってるわりに本人には自覚がないだなんて、俺よりタチが悪いぞ?」
「なんだよ…嫉妬か、みっともねぇ」
ロックの言葉に、エドガーの動きが一瞬止まる。
「ほーぉ。おまえからそんなセリフが聞けるとは思わなかったよ」

ロックにしてみれば、エドガーに保護責任がある“フィガロ国民である彼女”を惑わせた自分を憎んでいるのか、という意味合いで言ったつもりであった。しかし、エドガーはそうは取らなかったようである。
だが、ロックはそのことにいまだ感づいてはいなかった。
「なかなか可愛いことを言うじゃないか」
「やめろよ、気色わりぃ」
ずらりと並んだ本たちの背表紙の文字を目で追いながら、ロックは笑う。

エドガーは、ロックの背後にゆっくりと歩み寄った。
ロックは気にも留めず、目当ての書物を取りだそうと指をかける。そのとき、エドガーがロックの手首をガシリとつかんだ。
ロックは、何事かと怪訝そうな表情で振りかえらんとする。
しかしそれより早く、エドガーは背後からロックを抱きすくめる。
「…!?」
思いもよらない出来事に、ロックの思考が一時停止する。
「ばッ…なに考えてんだよ!?」
「なにって…おまえが誘うようなことを言うからだろう」
悪びれもせず言ってのけるエドガーに、ロックは目眩を覚えた。
 

なにをどう間違えばそういう意味に取れるのかわからないが、自分の言動には、他人の誤解をまねく部分が多々あるらしい。
「おまえが考えなしに発した言葉が、相手を舞い上がらせたり落ち込ませたりするんだ」とか「おまえの言動ひとつで心乱れる者がいるということを忘れるな」とか、自分にとってはまったく身に覚えのないような事で長々と説教されるのは、苦痛以外のなにものでもなかった。
どう考えても、こじつけとしか思えないような理論。
うんざりしてため息をつけば、「聞いているのか!?」と睨まれる。
「この世で一番嫌いなのは説教だ」などと言ってやがったくせに、自分が熱心な説教大王じゃねぇか、とロックは心で悪態をつく。
エドガーの御託をぼんやりと聞き流しているうち、ロックはふと根本的なことに気がついた。

例えこじつけだとしても、本人が少しでもそう感じていなければ、主張を口に出すことはできないのである。

そうすると、エドガーは…!?

一連の状況を総合して導き出した推論が、にわかには信じられないものであったことに、ひそかに狼狽えるロックであった――。
 

*
 
「あ、おかえりなさいませ」
隠し書庫から戻ってきたふたりを、アイリーンは笑顔で出迎える。
「ずいぶんと長かったんですね?」
「はは、ちょっと夢中になってしまってな」
にこやかに答えるエドガーに、彼女は微笑みながらうなづく。
「そうですね…読書に熱中してしまうと、時間はあっという間に過ぎてしまいますよね」
アイリーンはエドガーが返却した鍵束を所定の場所に戻した。

「あら、ロックさま。お顔が赤くありませんか?」
「えっ…そうか?」
彼女の言葉にロックは内心ギクリとしながらも、つとめて冷静にやりすごそうと努める。そんな様子を知ってか知らずか、エドガーが口を挟んだ。
「知恵熱だろう、知恵熱。普段使わない頭を使ったからな」
「そうそう…って、おい!!」
憮然としてエドガーの背を殴るロックに、アイリーンはクスクスと笑う。
「本当に、仲がよろしいんですね。羨ましいわ」

ふと、ロックは思い出したように振り返った。
「あ、そうだ。アイリーン、おまえ俺のこと好きなのか?」
「えっ!?」
アイリーンの頬が、瞬間的に朱に染まる。
「この…バカがっ!!」
慌てたエドガーは、咄嗟に思いきりロックの頭をはたいた。
「ってぇ!!」
「ちょっとこっちに来い!」
「いて、いて、いてててて…」
ロックの耳を引っ張りながら、エドガーは部屋のすみに移動する。
「なに考えてるんだ、おまえは…!」
できるだけ声を抑えるよう努めるが、どうしても語気が荒くなる。
「え…おまえがさっき言ってたのは本当かな、と思って」
「だからって、そんなストレートに聞く奴があるか!!」
信じられない行動に、エドガーは目眩を覚えた。
ロックの神経の図太さには、呆れを通り越して尊敬すらしそうになる。

「…すまなかったね、レディ。ちょっとロックを再教育してくるから」
エドガーは必死に取り繕って、アイリーンに微笑みかける。
「え、なに。なんだよ、エドガー? おいってば!!」
「うるさい!!!」
もう一度エドガーにはたかれたロックは、エドガーの自室へと引きずられていったのだった――。
 

END
えぇと…この作品も最初はここに載せるつもりなかったんですが、
またまた描写を頑張ったので、差し支えないぶんだけ載せました。
今回は充分、普通の読み物としてもオッケーなハズ…ですよね!?
だってそのように細工しましたもの!…苦労しましたわっ!!
でも、なんだか文章的にはまとまりがないままですね…がくり。

自分、いちおう図書館司書の資格も持ってるんですが、
学んだことはもうサッパリ忘れました…。
持っててもあんまし意味のない資格だけどな…。
本とかも普段ぜんっぜん読まないし。新聞と漫画しか。
それなのに(エセだけど)小説書いてるって何なんでしょう。
自分のコトながら、理解に苦しみます…。
文学とか芸術に疎いのも、ロックじゃなくて自分です。
…まぁ、自然科学とか歴史・産業にも疎いんですが。
また、作中のいろいろな設定は中瑳のでっちあげです。
公式設定ではないので、信用しないように!
(いや、公式設定ももちろん使ってるんですけどね)


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