1
穢れや濁りのまったくない綺麗に澄んだ水は、生命あるものが棲みつくことのできない、死の水なのだ――…。
城の外堀に引かれた豊かな水の流れを見おろしながら、エドガーはふとそんなことを考えていた。
東方の広大な平原に1200年の昔より繁栄してきたと伝えられる、格式高い武士の国家・ドマ。豊かな水の恵みに育まれたこの土地は、己の生まれ育った砂漠の王国・フィガロとは、まったく異なった風土や文化を有していた。 厳しい乾燥地帯にあるフィガロにとって、水はそれだけで神聖かつ貴重な物質である。生命をつなぐための、かけがえのない存在。
ヒトは、水がなければ生きてはいけない。
ドマの民たちの生命を繋いでいたであろう、豊かな水の流れを見つめたまま、エドガーは皮肉なものだな、と唇をゆがめる。 もう1年以上も前、ケフカはこの外堀に流れ込む水の源、ドマ河の上流に毒を放ったのだ。
水辺には、人の思念を吸い寄せるちからもあると聞く。
訪れる者に奇怪な夢を見せる、悪夢の城。
――風が、冷たい。 暗く揺れる水平線を見やりながら、エドガーはゆっくりと城内へと戻っていった。
砂漠の地で育ったエドガーにとって、豊かな水と触れ合う機会というのは、そうあるものではなかった。
――コーリンゲン。 その地の名を思い浮かべ、エドガーの脳裏にある男の面影がよぎる。 世界が砕け、散り散りになった仲間たちがひとり、またひとりと戻ってくる中、あいつの消息だけが、依然として知れない。 いったい、どこをどうしているのか。 屈託のない笑顔を思い出しながら、エドガーは瞳を閉じた。
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2
「――コーリンゲンか、懐かしいな」
「行ったこと、あるのか?」
何やらしばし思案していたロックだったが、ふと意を決したように問うてきた。
コーリンゲンには、フィガロ王室の別荘のような施設はない。出掛けるにしても、もっぱら身分を隠しての日帰り旅行のようなものだったので、村人との交流は、殆ど皆無であった。 「う――ん…、ちょっと記憶にないな。…素敵なレディに出会っていたのなら、絶対に忘れるハズなどないのだが」
「――…会ってなくて、良かったよ」
「――――…」
突然に黙りこくるロックに、エドガーは少しばかりの違和感を感じる。 「なんだ、紹介してくれないのか?」
不服そうなエドガーの声に、ロックは薄く笑う。 「あいつ、俺のこと忘れちまってるんだ」 今にも泣き出しそうな、その笑顔。
けれども、今になって思えば。
彼女の姿を実際にこの目で見たのは、この旅を始めて最初にコーリンゲンを訪れた時だった。
薄暗い地下室にあったのは、永遠の眠りについている少女。
こういうことになっていたのを、エドガーは長い間知らなかった。
初めて見る彼女の印象は、本当にごく普通の、何の変哲もない少女といったものだった。
彼女のなにが、ロックを捉えて離さないのか。
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3
突然訪れた寝苦しさに、エドガーは低く呻いて薄く目を開ける。 夜半の月のほのかな光が、薄暗い室内をぼんやりと照らしだしていた。
ふと何気なくテラスの方に目をやったエドガーは、その場でにわかに凍りついた。 「――…キミは――」 そこには、少女がいた。
「レイチェルさん、だね?」 瞬間的に、そう思った。
夢、なのだろうか。 エドガーはゆっくりと瞬きをし、じっと彼女を凝視する。
真相はわからないが、それでも今、彼女はここにいる。 腰まで伸びた豊かな亜麻色の髪と、生気のない透き通るような白磁の肌は、いつか見たのと同じものだった。
深い森林の色彩を放つその瞳は、優しげでありながら、確固たる強い意志を秘め、まっすぐにエドガーを見つめかえす。
物怖じしない、芯のすわった娘だ。 エドガーはそう思った。
だがロックの、彼女への執着は、傍目から見てもあきらかに度を超えたものであった。
「あいつを…ロックを解放してやってくれ。――頼む」 エドガーの言葉に、レイチェルは悲しそうな顔をして力なく首を振った。
「あいつは、充分に苦しんだハズだ! もうこれ以上、あいつが貴女にできることなんてないだろう…!!」
「――わたしの言葉は、ロックにはもう届かないの」
「わたしだって、あんなロックの姿はもう見たくない。でも、どんなに呼びかけても、祈っても、ロックの方が心を閉ざしてしまっているから――…」 レイチェルさんだって、苦しんでいる。
「自分を赦せなくて、がんじがらめにして、ずっと苦しめているのは、他でもないロック本人なんです――…」
予期していたものとは違った望みに、エドガーは低く問い返す。
レイチェルは、こくりとうなづく。
さすがだな、とエドガーは思った。 「だから、そのときまで、ロックが壊れてしまわないように。そっと、支えてあげてください…」
「――…何故、俺に?」 自然にあふれる、素朴な疑問。
「貴方が、一番だと思ったから」
偽りのないエドガーの言葉に、レイチェルが花のように笑む。
「もっと昔に出逢えていたら、私たちは良い友人になれたかな?」
小さく笑ってみせるレイチェルを見つめながら、エドガーは、何故ロックがこんなにも彼女に惹かれているのかを理解したような気がした。
夜空を見上げれば、半弦の月。
しかし、それは誤りだ。 月は決して半身を喪くしているわけではない。
あいつは、月だ。 本当は傷ついてボロボロで、穴だらけの心をしているのに、それを隠すために距離を置く。
柔らかなひかりを放つ月を、エドガーは夜が明けるまで見つめていた。
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エドロクですか、コレ。しかも、レイチェル公認ですか!!
そうするつもりはなかったんですが、自然とこうなっちゃいました。
エドガーとレイチェルは面識がない!というのは長年の持論だったんですが、
もしかしたら、そうとは気づかずチラッと顔合わせたことくらいは
<あったのかもしれないですね。
フィガロ兄弟の「コーリンゲンに海水浴」は公式裏設定ですからね。
…9年前から知ってた設定なのに、なんで気づかなかったんだろう、自分…。
でもまぁ、すごく親しかったってのはまずナイと思ってます。いまでも。