赤茶色に荒れ果てた大地を、ロックはひとり歩いてきた。 モンスターにやられた傷が少々痛むし、回復の魔法でも拭いきれない疲労が蓄積し、からだが重い。 しかし、滅入りそうになる気持ちを必死に奮い立たせ、一歩一歩しっかりと荒野を踏みしめる。 ロックは、確かめに行かねばならなかった。 おのれの最も大切な“宝”の安否を。 自分の何を犠牲にしても、守らなければならないものを。 無残に引き裂かれた世界は、荒涼とし、殺伐とし、生命の恵みは感じられなかった。 人々は恐怖に怯えるか、不安に震えるか、無気力に陥っていた。 もしくは、混乱に満ちた世界をいいことに、ならず者が横領と強奪を目論んでいた。 ――――世界、崩壊。 その瞬間を、ロックは確かに見た。 緑豊かだった大地を縦横無尽に駆け巡る、激しいいかづち。 森は焼け、海は沸騰し、山は裂け、空も震えた。 凄まじい轟音と灼熱の爆風にもまれて、飛空艇も砕けた。 壊れゆく大地へと、みんな、みんな、墜ちていった。 どうやって助かったのか、本当にわからない。 けれど、確かに自分は無事だった。 骨は何本か折れていたが、回復の魔法の力もあり大事には至らなかった。 ――とにかく、コーリンゲンへ。 いくつかの街を訪れたが、人々は世界の崩壊に混乱していた。 街としての機能すら果たさない、以前の様子など見る影もない場所もあった。 地形ですら、あの時、上空から見たように、変貌していた。 昔の世界地図なんか、持っていたって全然、役に立たないのだ。 どことどこが繋がっているのか、どんな状態なのか。 すべて、自分の足で調べなければならない。 トレジャーハンターであるロックにとって、情報収集と地図作成は慣れたものであったはずだが、なにしろ今までとは規模が違う。洞窟ひとつと世界全体なのだから、当然といえば当然だ。 ロックですら、崩壊後の世界を把握するのは決して容易いことではなかった。 そうして、ロックはまた情報を収集すべく、次の街へと歩みを進めた。 |
アルブルグから出港する臨時船に、ロックは揺られていた。 行き先は、マランダのはずれだという。 アルブルグとマランダといえば、かつては同じ大陸にあった街だ。 歩いて行けたはずの街が、今は、船を使わなければたどりつくことが出来ないのだ。 変わり果てた世界の様子をまたひとつ思い知らされ、ロックは大きく息をつく。 大陸ひとつですら原型をとどめていないこの世界で、あいつは――レイチェルは、ほんとうに無事でいるのだろうか? もしや、もうすでに失われてしまっているのではないか――!? 考えたくない仮定が、脳裏をよぎる。 邪念を散らそうとかぶりを振っていると、到着を知らせる警笛が鳴った。 マランダの街は、比較的、崩壊の影響を受けていないようだった。 寂れているでもなく、賑わっているでもなく、かつてと同じ姿を見せている。 知れず、ロックは安堵した。 ここが無事だからとてコーリンゲンもそうだという保障はない。それでもやはり、平穏な街を確認できたという事実は喜ばしいことには違いなかった。 ロックは面を上げ、夕暮れに染まる街並みを見回した。 ふと目に止まったのは、住民とはあきらかに雰囲気の違う人物の後姿。 それは、青い甲冑を身に着け、金の髪を束ねた男――…。 「…エドガー?」 思わず漏れた言葉に、その人物は弾かれたように振り返る。 「!? ロック!!!」 そこに居たのは、まぎれもなくエドガーその人であった。 驚いたような、困惑したような、なんとも言えない表情で固まっている。 しかし次の瞬間、矢のごとく駆け寄り、ロックの手を取り力強く握り締めた。 「ロック…本当に、ロックなんだな!?」 「あ、あぁ…」 このように取り乱したエドガーなど、今までに見たこともなかった。 呆気に取られるロックを、エドガーはきつく抱きしめる。 「無事で…無事で良かった…!!!」 「お…おい…」 突き飛ばすわけにもいかず、かといって抱きしめ返すのもはばかられ、ロックは引っ込みのつかない腕をさまよわせた。 |
「ひとりきりとは、こんなにも心細いものだったんだな…」 宿屋の窓から宵闇に包まれ行く空を眺め、エドガーがそう呟く。 「まぁ…そうだな」 床に座り込んで靴の泥を落としながら、ロックはちらりと見やった。 「おまえは…こんな生活を幼いころから送ってきたというのか」 「…エドガー?」 珍しく弱気な物言に、ロックは怪訝なまなざしを向ける。 「ロック…おまえ、コーリンゲンにはもう行ったのか?」 その視線に気づかぬふりをし、エドガーは窓布をそっと閉めた。 「いや…今、その方法を探してるところだけど…」 「そうか…そうだよな…」 歯切れの悪い言葉に、ついにロックは立ち上がりエドガーに歩み寄った。 「おい、どうしたんだよ? おまえらしくもない」 心配げに、ロックは顔を覗き込む。 「ロック…」 その肩に手を置き、エドガーは微笑もうとした。 「一晩だけ…一晩だけ、一緒に過ごしてくれないか…」 「…――エドガー…?」 「頼む……」 エドガーは、そのまま力なくうなだれた。 あまりにも、不可解な言動の数々。 ロックはエドガーの二の腕をつかみ、激しく揺さぶった。 「なぁ、どうしたんだよ!? 何かあったのか!?」 真正面から見据えられ、エドガーの表情が苦しげに歪む。 「……………ロ、が…」 「えっ?」 「フィガロが…地中で立ち往生してるんだそうだ…」 「何だって…!?」 エドガーにとってのフィガロは、ロックにとってのレイチェルと同じ存在と言えよう。 それを失うということは、自分の存在意義を失うということだと言っても過言ではない。 「助けに行こうにも、砂の中ではどうしようもない…」 「エドガー…」 「意外と、何も出来ないものだな…俺は」 自嘲気味に、エドガーは呟く。 「今までいろいろと知識を身につけてきたつもりだったんだが…。ダメだな…」 「……………」 旅に出る前まで、エドガーは王宮の中にいた。 一国を統べる王として、城を空けて自由に動き回ることなどなかった。 常に誰かは傍らにおり、それが当たり前のこととなっていた。 旅に出てからも、孤独に苛まれることなど皆無だった。 必ず、誰か仲間が一緒だった。 だが、ひとりきりで荒野に放り出され、帰る城すらない今――。 机上で学んだ情報よりも、生き抜くための基本的な知識の方が重要であることを、エドガーは痛いほど思い知らされていたのだ。 頼るものがない状況では、自分の力のみで現状を切り開くしかない。 「自分ひとりでは何も出来ない、ただの世間知らずだ」 「なに言ってんだよ…!」 自虐的な言葉ばかり吐くエドガーを、ロックは怒鳴りつける。 「こんな状況…世界が壊れるなんて、誰も予測なんてできないだろ!?」 「……ロック」 「大事なのは“これからどうするか”だろ、おまえらしくねぇ!!」 じっと瞳を見つめながら、ロックは呪文のように呟く。 「大丈夫だよ…大丈夫に決まってるさ、フィガロは…絶対…」 「ロック…」 「だから、どうやって取り戻すか…その方法を、探すんだよ…!」 その言葉は、ロックが自分自身に言い聞かせているものに他ならなかった。 レイチェルは、絶対、無事に決まっている。 レイチェルを取り戻す、その方法を探し出す――…。 そのことに気づき、エドガーはハッと息をのむ。 「そう…そうだな。すまなかった…」 祈りにも似た、切実な願い。 胸に抱える想いは、同じなのだ。 いや、ロックの方が、もっとずっと長きに渡りその想いを秘めてきた。 弱音を他人に漏らすことなく、たったひとりで、耐えてきたのだ。 エドガーはいま初めて、ロックの苦しみを少しでも共有できたような気がした。 「ロック――…」 言葉には出さなかったが、エドガーはその強さに感服した。 |
「…――で、これからどうすんだよ?」 気だるいまどろみの中、髪をかきあげながらロックはエドガーに問う。 外はもう、白々と夜が明け始めていた。 「あぁ…フィガロを救いたいんだが…しかし、どうしたらいいものか…」 なにしろ、砂の中だ。そうそう簡単に潜り込めるものではない。 「――難しいところだよな……あっ!」 顎に手を当てて思案していたロックだったが、ふと、思い出したように声を上げた。 「どうしたんだ、ロック?」 ロックは、あちこち旅をしてきた中で見かけた人物たちを思い浮かべた。 どこかで見たことのある一団のような気がしたが、その時は思い出せずにいた。 だが、いま思えば、彼らは…。 「フィガロの地下にいた、盗賊だ…」 「…なんだ?」 「なぁ、おまえが旅に出てから、罪人の解放なんてしてないだろ?」 ロックは、目を輝かせながらエドガーの肩に触れる。 「俺、ちょっと前に見たぜ、奴らを! フィガロから脱出してきたんじゃないのか!?」 「ほ…本当か!」 「その可能性は、あると思うぜ」 「ただ…そうだとしても、簡単にいくとは思えないよな」 なんとか策を考えないと…と、ロックは腕を組んで思案する。 「それくらい、奴らを見かけたら何とかするさ」 ふっ、と、エドガーは鼻で笑う。 「おまえは…、コーリンゲンへ行くんだな?」 「あぁ…」 「そうか…また、しばらくの別れだな」 エドガーの言葉に、ロックはおずおずと声をかける。 「おい、いいのか…? その…手伝わなくて…」 「俺を誰だと思ってる? フィガロの王、エドガーだぞ」 一瞬ののち、ロックは呆れたように笑った。 「…やっぱ、おまえはそうじゃないとな!」 「世界のことも心配だが、俺たちにはもっと大切なことがあるんだ」 力強い言葉で、エドガーは約束をつむぐ。 「それが終わったら、再び、また会おう」 「…そうだな」 「それまで…死ぬなよ」 「…そっちこそ」 ひとりの戦士であるまえに、ひとりの人間として。 おのれの信念を見失わぬための、心の支えとして。 今はまた、別れよう。 再び出会う、その日のために。 まばゆい朝の陽射しが、ふたりに降りそそぐ。 エドガーとロックはまっすぐに見つめあい、固く手を取り合った――。 |