「クラウド・・・・はい、コーヒー。あったかいよ」 私は白く湯気の立つマグカップをクラウドに差し出した。 「ありがとう・・・・・・ティファ」 クラウドはそれをおずおずと受け取ると、口もつけないまま、テラスの手すりにひじを突いて、またぼんやりと景色に目をやっている・・・・。 一面に果てしなく広がる銀世界。一年中冬の装いを見せる、雪と氷に閉ざされた辺境の地、アイシクルロッジ――・・・・
「ね、中はいればいいのに。寒いでしょ?」
食事時が近づいてきたのだろう、あたりの人通りは随分閑散としてきた。けれど景色の方は、緯度が高いせいか、陽の光を反射してまだその美しい姿をあらわにしている。
クラウドの、横顔。いつも見慣れたはずの、クラウドの横顔。
・・・・・・クラウドは、この景色を見ながら何を考えてるんだろう・・・・? ふと、そんな思いが頭をかすめる。
忘れようにも忘れられない、神秘的な神殿での出来事・・・・ううん、あれは悪夢――が、私の脳裏にまざまざとよみがえる。
「コノヒトハ ホントウニ アナタノ知ッテル くらうど ナノ?」 その問いに、私はあわてて抗議する。
けれど、一度はいりこんできた疑惑は私の中を駆けめぐり、あちこちにその黒い因子をばらまいてゆく。 「ホントウニ ソウ思ッテ イラレルノ?」 疑惑の種子はつぎつぎと芽を出し、いままでの旅の様々なヴィジョン、という漆黒の花を咲かせてゆく。
「ホントウニ ソウ信ジテ イラレルノ?」 ・・・・・・信じてる・・・・・・、信じてるわよ・・・・・・。
「ティファ、大丈夫か?」
・・・・・・クラウド・・・・・・ でも、クラウドの指先が私の頬に触れようとしたその瞬間、あの黒い火花が、また、私の中で散った。 「ホントウニ くらうどダト 言イキレルノ?」 「いや・・・・・・っ!」
私は、ハッとしてクラウドの顔を見た。・・・・クラウドの瞳に、驚きとも悲しみともつかないような色が、みるみる浮かんでくる・・・・・・。
「ご・・・・ごめんなさい!」
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部屋の中は、外とは違って暖かい空気に満たされている。赤々と燃える暖炉のためだ。当たり前のことだが、ここでは暖房設備なしには生きてゆけない。しかし、その為に魔晄のエネルギーが使われていることはないようだった。 そういえば、ここには魔晄エネルギーを感じさせるようなものがほとんどない。民家にはTVも見あたらないし、娯楽用の機器として挙げられるものは、古めかしい蓄音機くらいだ。 人々は、ゆるやかな時の流れの中でそれぞれの生活を営んでいる。 1階のロビーに降りてあたりを見回すと、人の良さそうな宿屋の主人がこちらに向かって笑いかけてくれた。主人は、力なく微笑う私の様子を見て取ったのか、地下のバーを紹介してくれた。私も丁度そんな気分だったので、素直にその言葉に従うことにした。
パチパチと音を立てて燃え上がる薪の束。飛び散る火の粉。陽炎のようにゆらめく景色、すべてを焼き尽くしてしまう、灼熱の炎―――・・・・。
・・・・・・クラウド・・・・・・。
コスモキャンドルの前でも、言い出そうとして言い出しきれなかったことば。あの時も、私は同じ炎を目の前にして、同じことを思った。 ・・・・―――クラウド、あなたは―――・・・・。 ――――いや。・・・・考えたくない、こんなこと。これ以上考えたら、なにか恐ろしいことになりそうな気がする。
「ネェちゃん、いくらなんでもさっきの態度はよくねェなぁ?」
忘らるる都。エアリスに斬りかかろうとしたクラウド。 あのとき私たちがクラウドの名を呼ばなかったら、もしかしたらクラウドがその手でエアリスを・・・・・・。 「なぁーに、心配するなって! 人間だって、たまにはメカみてぇにブッ飛とんじまう時だってあらァ!」
・・・・・・シドはそれしか知らないもの・・・・・・。
「確かにあいつ、変なところあるたァ思うがよ、まぁ・・・・なんだ、長年使い続けりゃマシンだってガタがくるしよ、それとおんなじだって!」
私は・・・・、私は心のどこかでクラウドを信じていなかった?
「しかしよォ、機械『なんか』って言い方はちぃっとばかりムカッとくるよなぁ」
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「お・・・・重い・・・・・・」 私はすっかり酔いつぶれたシドをかついで、2階への階段をよろよろと昇っていった。 「もう・・・・っ、シドったら喋りたいだけしゃべって眠っちゃうんだから! しかも『金のことなら心配するな、今日は俺様のおごりだ!』・・・・とかなんとか言っときながら、実はパーティーみんなのお金だし・・・・。もう、しっかりしてよ!」 「あ―――・・・・?」 そう文句を言いながらも、私は心にかかっていた雲が少しはれたような気分だった。 シドをベッドにおろして靴を脱がせると、私はふぅっとため息をついた。 しんと静まり返った薄暗い部屋。シドのいびきがその静寂をゆっくりと破っていく。クラウドも、すでにベッドに入って寝息をたてていた。 ・・・・・・そうだよね、疲れてるよね。 私は、少し酔いをさますためにテラスに出ることにした。 「あ・・・・寒ーい・・・・」 窓を開けたとたんに息が白く凍りつく。でも、お酒でほてったからだには、この冷たい空気もなんだか心地がよかった。寝静まった大地に降りそそぐ月明かりが、一面の雪に反射してあたりをほのかに包んでいる。もうすっかり夜も更けたというのになんとなく薄明るいのは、このためだったのだ。 私は、夕方、クラウドが立っていたその場所に足を運ぶと、ゆっくりと空を仰いだ。 凛と澄んだ夜空一面に散りばめられた、満天の星たち。それぞれが、まるで心の宝石箱の中からこぼれ落ちてきた、かけがえのない宝物のように瞬いている。それは天然のイルミネーション、ほんの少しだけ忘れかけていた優しいきらめき、なつかしい輝きだった。 「おんなじ・・・・・・おんなじだね、あの時と・・・・・・」 私は、知らずそう呟いていた。・・・・そう、それはあの時と同じ星空だった。この空は、あの想い出の星空へと続いてる――・・・・。そのことが、私を力強く励ましてくれる。 ねぇ、クラウド。私信じるよ。
「・・・・ねぇ、エアリス・・・・あなただったら、どうする?」
エアリス、クラウドのこと好きだったよね・・・・。
ねぇ、エアリス・・・・・・。
ねぇ、エアリス。
眠る前にもう一度クラウドの顔がみたくなって、私はクラウドのベッドの横にかがみ込んだ。
クラウド・・・・・・ そうしているとなんだか胸がいっぱいになってきて、私はそっと・・・・、そっとクラウドの頬に触れてみた。夕方、彼が私にしようとしたように。
私、なんだかクラウドが遠いって思ってたけど、心を閉ざしてたのは私の方だったのかもしれないね。
クラウドは、確かにここにいる。
「クラウド、がんばろうね・・・・・・」
私、信じるよ。
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