遥かなるメロディー
1

「みんな、行っちゃったね…」
 小高い丘の上で、ティファはつぶやいた。
「ああ、俺たちは帰るところも待っていてくれる人もないからな」
 夕暮れに染まるハイウインドを背に、クラウドが答える。

 メテオが落ちてくるまで、あと7日。
 世界が終わるかもしれない日まで、あと7日…。

 自分たちがセフィロスを倒し、ホーリーを――エアリスがその生命と引き替えに唱えた、最後の望みのホーリーを解き放たない限り、この星は死んでしまう。
 自分たちの肩にこの星の未来がかかっているという、紛れのない事実。

 “星を救う”“この星の未来のために”

 とてつもなく壮大な使命。確かに、その通りだ。
 けれどクラウドはそれぞれみんなに“自分が戦う理由”をしっかりと把握していてほしかった。漠然とした正義感などではなく、各々が自分が護りたい“何か”の為に戦いたいという気持ち。そういった個人的な感情がなければ、決して最終決戦に強い意志で臨むことはできないだろう。クラウドはそう考えたのだ。
 そして今、仲間たちはそれぞれの故郷へ、あるいは愛する者のいる場所へと戻っていった。

「きっと、みんな…戻ってきてくれるよね?」
 不安に揺れる瞳でティファが尋ねる。
「さあ…。どうかな…?みんなそれぞれ、かけがえのない大切なものを抱えてるし…。それに今度ばっかりは、相手が相手だ…」

 そう。生きて帰ってこれる保証なんて、どこにもない。
 セフィロスに勝てるという、絶対的な保証なんてないのだ。
 果てしない死闘のすえに恐怖と苦痛と絶望感に蝕まれながら死ぬくらいなら、メテオがもたらす最期の時を懐かしい地、愛する者のそばで迎える方がいい――仲間たちがそう判断したとしても、自分たちには彼らを責めることはできない。

「うん…。それでも私……平気だよ」
 しぼりだすように、ティファは言葉をつむぐ。
「たとえ、誰も戻ってこなくても。クラウドと一緒なら……クラウドが、そばにいてくれるなら……こわくても…負けないよ、私……」
「………ティファ……」

 怖くないはずなんかない。
 クラウド本人だって、本当は叫びだしたいくらいなのだ。こうしてなんとか平静を保っていられるのは、きっと“隣にティファがいるから”。
 いくつもの困難を乗り越え、自我を失いかけたクラウドを励まし、ライフストリームの渦から救い出してくれたティファ。そのティファだって、クラウドがいたから、クラウドのことを信じていたからこそ、ここまでやってこれたのだ。

 頬にかかる髪を小さくかきあげて、ティファがつぶやいた。
「私たち…これまではずっと遠く、離ればなれだったんだね。たとえ、どんな近くにいても…」
 その脳裏に、心細かった想いが駆けめぐる。

 ニブルヘイムの、たったふたりだけの、生き残り。
 “幼なじみ”という、強いようでいて脆いきずな。
 そのきずなを必死にたぐりよせようとした日々。

「でも、ライフストリームの中でたくさんの悲しい叫びにかこまれた時、クラウドの声が聞こえたような気がしたんだ…」
 ティファは小さくクスッと笑う。
「クラウドは知らないって言うかもしれないけど…。でも、胸のずっと奥であなたの声が私の名を呼んでる…そんな気がしたんだ…」
 クラウドも、うなづいてティファに応える。
「ああ…。あのとき俺にもティファの叫ぶ声が聞こえたよ。ティファの声がライフストリームの意識の海から俺を呼び戻してくれたんだ。約束したもんな。ティファに何かあったら必ずかけつけるって」

 幼き日の、星空の約束。
 ふたりだけの、おもいでの星空。
 あの星空があったからこそ、信じてこれた。
 あの星空が、心のささえだった。

 地平に見えるのは、夕暮れのオレンジ。
 けれど頭上には、かすかに、かすかに星々の白い輝きが見て取れる。
 広大な天を仰ぎ見ながら、ティファは問いかけた。
「ねえ、クラウド…。私たちの声を、星たちも聞いててくれると思う?がんばってる私たちの姿を見ていてくれると思う?」
「さあな…。でも…。誰が見ていようといまいと、とにかく出来ることをやるだけさ。自分自身を信じて…。ライフストリームの中でティファにそう教えられたよ」
「うん……そうだね……」

 高原の冷たい風が、ふたりの間を吹き抜けた。
 あたりは、再び静寂に包まれる。
 荒涼とした大自然の中にたたずむ、ちっぽけな自分たち。けど、そのちっぽけな自分の中には、抱えきれないほどの想いがうずまいている。

 言葉に出来ない、張り裂けんばかりの想い。
 伝えたい。でも頭の中でうまくまとまらない。

「なあ、ティファ…。俺……。ティファに話したいことがたくさんあったんだ…。でも、今こうしてふたりでいると本当は何を話したかったのか…」

 それは、ティファとて同じことだった。

「クラウド…。想いをつたえられるのは言葉だけじゃないよ……」

「ティファ……」

 言葉なんかで伝えなくても、こうやってそばにいるだけで。
 互いのことを想いあっている、その強い思念のちからは。
 それぞれの心のうちに、絶対的なエネルギーを呼び起こす。

 精神を超越した、強く確かなシンパシィ。
 自我という枠を越え、想いと想いがじかに触れ合う。
 幾億年もの昔から営まれてきた、エナジーの奇跡。

 ライフストリームの、神秘のメカニズム…。

「――そうだ、クラウド!」
 自分の発した言葉になんとなく気恥ずかしくなったティファが、くるりと身をひるがえして思いついたように手をパチンと合わせる。
「みんなが戻ってくるまで、ずっとハイウインドにいるのもなんだから、ちょっと町まで下りない?」
 クラウドもまた、微笑んでうなずいた。
「…そうだな…!」

2

 丘をくだってしばらく歩いたところに、小さな集落があった。
 戸数は10程だろうか、ひっそりとしている。けれども各家の煙突から細い煙がたなびいていることから、人が住んでいることはうかがい知れた。
 クラウドとティファはペンキの落ちかかったパブの看板を見つけると、その建物に入っていった。
「こんばんわ――…」
 パブの中には誰もおらず、外と同様にひっそりとしている。
 しばらくすると、奥の扉から女将らしき人が姿を現した。
「…なんだい、こんな時勢に客とはめずらしいね」
 40がらみの女将は気だるげな足取りでカウンターに歩み寄る。
「あの、もしかして休業中でした…?」
「いや…まぁ開店休業中ってトコだねぇ…。客が来ないんだからさ」
 自嘲気味な表情で、女将は薄く笑う。
「あと何日かで死んじまうかもしれないワケだろ。最期くらいはパーッと有り金はたいて飲んじまおうって奴もいるさ。…でも、そういう奴はこんなシケた村じゃなくて、大きな街に行っちまう。問屋の方も、そっちの酒場に商品をまわしちまう。…だから、今ここには客に出せるような物が何もないのさ」
 言われてみればカウンターの後ろの戸棚には、お酒が殆ど並んでいない。

 メテオの余波は、こんな小さな集落のパブをいとも簡単に潰してしまう。
 思ってもいなかった現実に、クラウドとティファは絶句した。

「まぁそういうワケでさ。折角きてくれたのに悪いんだけど、何ももてなし出来ないのさ…」
「そんな…!こちらの方こそ――…」
 うなだれる女将に、ティファはなんと声をかけたら良いのかわからなかった。クラウドは、ティファ以上に心苦しくて堪らなかった。
 セフィロスに黒マテリアを渡してしまったのは、紛れもなく自分。
 この最悪の状況を引き起こしてしまったのは、ここにいるクラウドなのだ。
 けれど、それを一介の村人である女将が知るはずもない。

 重い沈黙を、女将がやぶった。
「あぁそうだ…コーヒーくらいならまだ残ってるから、煎れてくるよ」
「そんな…どうぞおかまいなく…」
 恐縮するティファに、女将はわらう。
「そうはいかないよ。こっちは店員、そっちは客。当然のことをしてるまでさ」
 言われてみれば、確かにそうである。ティファは思わず苦笑した。
 ふと、その視界の先に、ある物がうつった。

 ピアノだ。

 店の隅に、ひっそりと置いてある、古びたピアノ。
「あの…!ぶしつけで大変、恐縮なんですけど…」
 ゆっくりと扉に向かおうとする女将を、ティファが呼び止める。
「あちらのピアノ、ちょっと貸していただけませんでしょうか?」
「あぁ…いいよ。好きに使いな」
 女将はにっこり微笑むと、扉の奥へと姿を消した。

「ふふ…ひさしぶりだから、うまく弾けないかも」
 ピアノまで歩み寄ったティファが、ちいさく微笑む。
「ティファ、ピアノ上手かったもんな」
「そんなことないよ」
 どっしりとしたピアノの蓋を開け、鍵盤保護の赤い布を外す。
「パパが習え習えってうるさくて。私はレッスンよりみんなと遊ぶ方が好きだったんだけどな…」
 言いながら、手ならしに練習用の単純な旋律を奏でる。
 鍵盤を流れるように右へと滑ってゆく指先。

「――やっぱり、たいしたもんだ…」
「やだ、クラウド。こんなので感心しないでよ」
 ティファは苦笑しながら、備え付けの楽譜のページをめくる。
「あ、これなら弾けるかも。昔よく弾いてたから」
「なんていう曲だ?」
「『親愛なる友へ』。すごく良い曲なんだよ」
 ティファは椅子にきちんと座り直すと、おおきく深呼吸した。
 指を鍵盤の上にかまえ、楽譜を真剣に見つめる。
「失敗しても、笑わないでね」

 ティファの指が、再び鍵盤の上を滑るように動き出した。

 ゆっくりと、まるで昔話を語るかのように流れる旋律。
 心に浸みわたる、おだやかな和音の調べ。

 それは、紛れもなく幼いころに窓辺で聴き慣れた旋律だった。
 どこかで聴いた、おぼろげに記憶に残っているその歌詞が、クラウドの脳裏に透き通った唄声となって響きわたる。



遥かなる旅路の果て 幼き日々の追憶
つないだ手と手の ぬくもり覚えている
時が経つのも忘れて見つめていたね
町をふちどる夕日が あまりに綺麗すぎて

懐かしい故郷は もうないけれど
瞳<め>を閉じれば あの景色が
あざやかに浮かんでくるよ

微笑みはセピア色 古ぼけた写真
時はいつも すべてを消して
過ぎ去ってしまうけれど
想いはずっと……




 ティファに話しかけたくて、でも話しかけられなくて。
 ティファの部屋の窓を見上げながら、幾度となく聞いた旋律。
 ティファの部屋から聞こえた、村の少年達の声。
 なんで、自分はあの中に加われなかったんだろう?

 未熟な自分。強がりな自分。寂しがりやな自分。

 なにもできない、子供の自分。
 なにもかもがこれからな、子供の自分。

 ほんとうに傷つくことも、
 打ちのめされることも知らなかった、
 純粋なままの、世間知らずな自分。



親愛なる友よ 君はいま何処に?
もう帰らぬなつかしい日々
浮かんでは消えてゆくよ

微笑みはセピア色 古ぼけた写真
時はいつも すべてを変えて
過ぎ去ってしまうけれど
想いはきっと……




 旋律が、静かに止んだ。

 鍵盤の上で静止していたティファの手が、ゆっくりと降ろされる。
 静まり返った店内の中、クラウドの拍手だけがやたら大きく響いた。

 ティファは椅子から立ち上がり、振り返ってハッとする。
「やだ、クラウド。…泣いてるの?」
 クラウドの綺麗な碧い瞳からは、紛れもなく涙が流れていた。
「ティファだって…」
 そう言われて初めて、ティファは自分もそうであることに気付く。
「え?あれ?や…やだな、なんでだろ」
 ティファは手のひらでごしごしと顔をこする。
 けれど、いったん溢れ出した涙は、本人の意思とは無関係に後から後からとめどなく流れ出る。

 今までは、涙を流すことなどできなかった。
 涙を流してしまったら、自分がダメになってしまう気がした。
 自分の弱さに押しつぶされて、前に進めなくなるような気がした。

 だけど、これは違う――…。

 これはきっと、安堵の涙。
 胸に積もり積もった想いが溢れだした、想いの結晶。
 その証拠に、こんなにも心がすっきりとしている。
 心にこびりついていた様々な暗い思いを、まるで涙がきれいに洗い流してくれたかのように、ふたりの心は晴れ晴れとしていた。

 いろんなことが、あったね。
 めいっぱい、遠回りも、した。
 悩んだり、苦しんだり、迷ったり。

 でも、だから自分たちは、ここにいる。

 いままで自分たちが感じたこと、体験したこと。
 それらのどれが欠けても、
 今ここにいる「自分」にはなりえなかった。

 悩みも、苦しみも、迷いも。
 全部ひっくるめて、あなたが愛しい。

 “想いをつたえられるのは、言葉だけじゃないよ”

 淡く輝く、碧い瞳。
 深く澄んだ、褐色の瞳。

 “想いをつたえられるのは、言葉だけじゃないよ”

 ふたりの胸の鼓動が、早鐘のように鳴り響く。
 心臓の音って、こんなにも大きかったっけ???

 “想いを、つたえられるのは――――…”

 クラウドの腕が、ティファの背にまわされる。
 ティファが、ゆっくりと瞳を閉じる。

 10cm、8cm、6cm――…。

 お互いの吐息が、肌をくすぐる。

 5cm、3cm、1cm。
 5mm、3mm、1mm――…。 

 お互いの唇が触れんとした、その刹那。

 ふと奥の扉から物音が聞こえた。
 ティファとクラウドは、驚きあわてて身を離す。
「…遅くなってすまなかったね――」
 女将が、湯気の立つコーヒーを持って戻ってきた。
「い、いえ――…」

 コーヒーの、香ばしく芳醇な香りは、心を落ち着かせる。
 口腔にひろがるまろやかな苦みと酸味が、たまらなく美味だった。

 あたたかいコーヒーを味わいながら、クラウドは思った。

 世界を、終わらせちゃいけない。終わらせたくない。
 たとえどんなにセフィロスに勝つ見込みが低くても、少しでも可能性があるのなら、もう逃げ出したくない。
 自分たちにしかできないし、自分がやらなければならないんだ。

 挑まなければ、確実に死が訪れるだけ。
 未来は100%訪れない。

 もしも、もしも万が一、俺たちの力が及ばなかったとしても。
 誰も知らない辺境の地で、苦痛の中で死を迎えようとも。
 決して後悔は、しないはずだ。
 だって、俺たちは精一杯生きたんだから。
 やるべきことは、すべてやったはずだから。

 それに。

 ――最期が、ティファと一緒なら――…。


END
えへへ〜〜、クサイっすか?クサイっすか???
でもクラウドとティファって、こういうイメージなんだもん。
(でも書いてて自分の凄まじい二重人格ぶりに苦笑…)
挿入ポエムは、自作でっす。

実はFF5のEDテーマ「親愛なる友へ」のメロディー意識してます。
公開する機会がないので、こんなトコで使っちまいました。
前半のセリフは、もちろんDigiCube刊の
メモリアルアルバムからの引用でございます〜〜。

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