「みんな、行っちゃったね…」 小高い丘の上で、ティファはつぶやいた。 「ああ、俺たちは帰るところも待っていてくれる人もないからな」 夕暮れに染まるハイウインドを背に、クラウドが答える。 メテオが落ちてくるまで、あと7日。
自分たちがセフィロスを倒し、ホーリーを――エアリスがその生命と引き替えに唱えた、最後の望みのホーリーを解き放たない限り、この星は死んでしまう。
“星を救う”“この星の未来のために” とてつもなく壮大な使命。確かに、その通りだ。
「きっと、みんな…戻ってきてくれるよね?」
そう。生きて帰ってこれる保証なんて、どこにもない。
「うん…。それでも私……平気だよ」
怖くないはずなんかない。
頬にかかる髪を小さくかきあげて、ティファがつぶやいた。
ニブルヘイムの、たったふたりだけの、生き残り。
「でも、ライフストリームの中でたくさんの悲しい叫びにかこまれた時、クラウドの声が聞こえたような気がしたんだ…」
幼き日の、星空の約束。
地平に見えるのは、夕暮れのオレンジ。
高原の冷たい風が、ふたりの間を吹き抜けた。
言葉に出来ない、張り裂けんばかりの想い。
「なあ、ティファ…。俺……。ティファに話したいことがたくさんあったんだ…。でも、今こうしてふたりでいると本当は何を話したかったのか…」 それは、ティファとて同じことだった。 「クラウド…。想いをつたえられるのは言葉だけじゃないよ……」 「ティファ……」
言葉なんかで伝えなくても、こうやってそばにいるだけで。
精神を超越した、強く確かなシンパシィ。
ライフストリームの、神秘のメカニズム…。
「――そうだ、クラウド!」
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丘をくだってしばらく歩いたところに、小さな集落があった。 戸数は10程だろうか、ひっそりとしている。けれども各家の煙突から細い煙がたなびいていることから、人が住んでいることはうかがい知れた。 クラウドとティファはペンキの落ちかかったパブの看板を見つけると、その建物に入っていった。 「こんばんわ――…」 パブの中には誰もおらず、外と同様にひっそりとしている。 しばらくすると、奥の扉から女将らしき人が姿を現した。 「…なんだい、こんな時勢に客とはめずらしいね」 40がらみの女将は気だるげな足取りでカウンターに歩み寄る。 「あの、もしかして休業中でした…?」 「いや…まぁ開店休業中ってトコだねぇ…。客が来ないんだからさ」 自嘲気味な表情で、女将は薄く笑う。 「あと何日かで死んじまうかもしれないワケだろ。最期くらいはパーッと有り金はたいて飲んじまおうって奴もいるさ。…でも、そういう奴はこんなシケた村じゃなくて、大きな街に行っちまう。問屋の方も、そっちの酒場に商品をまわしちまう。…だから、今ここには客に出せるような物が何もないのさ」 言われてみればカウンターの後ろの戸棚には、お酒が殆ど並んでいない。 メテオの余波は、こんな小さな集落のパブをいとも簡単に潰してしまう。
「まぁそういうワケでさ。折角きてくれたのに悪いんだけど、何ももてなし出来ないのさ…」
重い沈黙を、女将がやぶった。
ピアノだ。 店の隅に、ひっそりと置いてある、古びたピアノ。
「ふふ…ひさしぶりだから、うまく弾けないかも」
「――やっぱり、たいしたもんだ…」
ティファの指が、再び鍵盤の上を滑るように動き出した。 ゆっくりと、まるで昔話を語るかのように流れる旋律。
それは、紛れもなく幼いころに窓辺で聴き慣れた旋律だった。
遥かなる旅路の果て 幼き日々の追憶
懐かしい故郷は もうないけれど
微笑みはセピア色 古ぼけた写真
ティファに話しかけたくて、でも話しかけられなくて。
未熟な自分。強がりな自分。寂しがりやな自分。 なにもできない、子供の自分。
ほんとうに傷つくことも、
親愛なる友よ 君はいま何処に?
微笑みはセピア色 古ぼけた写真
旋律が、静かに止んだ。 鍵盤の上で静止していたティファの手が、ゆっくりと降ろされる。
ティファは椅子から立ち上がり、振り返ってハッとする。
今までは、涙を流すことなどできなかった。
だけど、これは違う――…。 これはきっと、安堵の涙。
いろんなことが、あったね。
でも、だから自分たちは、ここにいる。 いままで自分たちが感じたこと、体験したこと。
悩みも、苦しみも、迷いも。
“想いをつたえられるのは、言葉だけじゃないよ”
淡く輝く、碧い瞳。
“想いをつたえられるのは、言葉だけじゃないよ”
ふたりの胸の鼓動が、早鐘のように鳴り響く。
“想いを、つたえられるのは――――…”
クラウドの腕が、ティファの背にまわされる。
10cm、8cm、6cm――…。 お互いの吐息が、肌をくすぐる。 5cm、3cm、1cm。
お互いの唇が触れんとした、その刹那。
ふと奥の扉から物音が聞こえた。
コーヒーの、香ばしく芳醇な香りは、心を落ち着かせる。
あたたかいコーヒーを味わいながら、クラウドは思った。 世界を、終わらせちゃいけない。終わらせたくない。
挑まなければ、確実に死が訪れるだけ。
もしも、もしも万が一、俺たちの力が及ばなかったとしても。
それに。
――最期が、ティファと一緒なら――…。
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