1
天より落つる恵みの雫は、大地の緑を鮮やかに彩らせる。
「うわぁ、キレイ…!」
少女が指さした方向に見えるのは、七色の虹。
少女――レイチェルのまなざしを受け、ロック・コールも大きく肯き、同意を示す。
彼らが現在たたずんでいる、コーリンゲンの村から少しばかり離れた平原。そこから、はるか北方にかすむ連峰のふもとに広がる森林地帯。
レイチェルは、草原の雨露がスカートに跳ねるのも気にせず、一歩・二歩と軽やかに飛びはねてみせる。
先程まで空を覆っていた薄暗い雨雲はもうすっかり姿をひそめ、抜けるような青空が広がっている。
「きゃっ…!」
「――――……」
「ねぇ、ロック」
「“虹のふもと”って、どうなってるんだろうね」 「虹のふもと?」
瞳を閉じてゆっくりと語るレイチェルの姿に魅入りそうになりながら、ロックはあきれたような声を出してみせた。
ロックは大空に両腕を広げ、大きく伸びをした。
「――…虹のふもと、か…」 ゆっくりと腕を振り下ろし、ロックは大地を踏みしめた。
「いつか――…ふたりで、見つけにいこうか!」
ありもしないものを、夢でも見てるかのように語って。
レイチェルだって、そんなことは百も承知していたハズだ。 けど、そんな話をしてみせることが、俺にとっては「幸せ」だった。
――それはもう決して戻らない、幸福だった日々――…。
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2
どうして!?
降りしきる土砂降りの雨の中、ずぶ濡れのロックは重い足を引きずっていた。
雨は、硝煙の香りを綺麗に洗い流してゆく。
けれど、胸に広がる虚無感と不快感は。
そして、喪われた尊い魂は――…。
ここはもう、俺の知ってるコーリンゲンじゃない。
俺の知ってるコーリンゲンは。
こんな、悲惨な戦場跡などでは、決してない。
どうして!?
答えのでない疑問が、ロックの頭の中をグルグルといつまでも駆けめぐる。
帝国のコーリンゲン攻撃の報を聞いたのは、2日前の夜だった。 たまたまサウスフィガロまで来ていたロックは、久しぶりにレイチェルの様子を見に行こうかと思っていたのだった。逢うことはせず、遠くから眺めるだけでも、と。その矢先の出来事だった。 夜が明けるのを苛つきながらどうにか待ち、朝一番で街を飛び出す。
帝国の砲撃は、ロックから何もかもを奪い去った。 約束の地、想い出の場所。
コーリンゲンの郊外を抜け、膝まで伸びた雑草の生い茂る草原をかき分けながら進むころには、雨はほとんど小降りになっていた。
ロックは、へたりと草原に座り込んだ。
唇をかみしめ、きつく瞳を閉じたまま、ロックはその顔を天へと向ける。
ロックのからだに、あたたかい朝の陽射しが降りそそぐ。
「――――…!」 ロックの視界の先には、虹が。
(虹のふもとは、どうなってるんだろうね) どうでもいい、そんなこと。
(虹のはじまりは、どんな場所なのかな)
もう、どうだっていいんだ!!
だって、レイチェルはもう微笑まない。
もう、レイチェルは――…!!!
……けど。
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3
「……くそッ!」
だが、草原のはるか向こう、北方山脈のふもとに広がる森林地帯には、走れども走れども辿り着くことができない。 「――ちくしょうッ!!」
額につたう雫を腕で無造作に払ったとき、ロックは背後にかすかな鳴き声を聞いた。ゆっくりと振り向くと、そこにはロックより頭ひとつ分は高い、大がらの鳥がいた。
チッチッチと軽く舌打ちしながら、ロックはゆっくりとチョコボに歩み寄る。
ロックはチョコボの背にひらりと飛び乗ると、手綱を握り軽くその腹を蹴った。
「――…こりゃ、いいや!」
手綱を強めに握りなおすと、ロックはチョコボの腹を強めに蹴った。
木々の葉の隙間から垣間見える姿をたよりに、虹に向かって進路を取る。この距離感からすると、もう間もなく辿り着けるはずだ。
連なる木々の間を抜け、巨大な岩の塊を回避し、ふたりはまるで風のように駆け抜ける。
ロックは軌道修正し、再びチョコボを駆け出させる。 木々の枝に絡まるツルを短剣でなぎはらい、地面に大きく口を開けるクレバスを飛び越え、ただひたすら虹を目指して、がむしゃらに突き進む。 やがて、視界がひらけた。 「――――…!?」 ロックは、目の前に広がる光景に愕然とした。
そこには、川の流れがあった。
「――…なんなんだよッ!?」 追いかけても追いかけても、決して辿り着けない。
「ちくしょうッ!!」
あぁ、そうだよ。
ロックの視界が、ぼうっとかすんだ。 「……!?」
――…そうか。
ごめんな、レイチェル。
こんな俺のこと、最後の最期に思い出してくれたのに。
ホントに、ごめん――…。
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4
まぶしい陽の光が頬を照らす感覚に、ロックは低く呻いて眉をしかめる。 「――――…ぅ……ん……」
「ロック。気が付いたようだな」
「俺、どうしてフィガロに?」
なかば強引に付き合わせた部分もあるというのに、なんて律儀なヤツ。 「あいつ――…」
「それにしてもロック、おまえ何してたんだ。突然やってきたかと思ったら、向こうへ渡らせてくれ。送ってやったらやったで、何の音沙汰もなし――」
ロックはわずかに目を細めると、まばゆい光の射し込む天蓋をあおいだ。 「ちょっと…虹を、つかまえに行ってたんだ」
笑い飛ばされるだろうと苦笑するロックを柔らかく見つめながら、エドガーは優しく声をかける。
思いがけないエドガーの言葉に、ロックは我が耳を疑う。 「虹の原理は、おまえも知っているんだろう?」
「虹は、見る者――いや、見る場所によって、微妙にその位置が違う」
そう。だから、決して近づけない。
「おまえが虹の近くに行ったのなら、そこも確かに虹のふもとだったんだよ」
意外すぎるエドガーの言葉に、ロックは狼狽える。 「でも、それじゃ何も無いじゃないか!! ただの森に散歩に行っただけじゃないか――…。そんなの、意味がないじゃないか…!!」
「人が追い求める夢や希望なんてのは、意外とごく普通の、平凡な光景の中にあるんだと。――俺は、そう思う…」
夢や希望は、日常の中にある――。
気づいた時には、もうどうしようもない、儚い現実。
そのとき、ロックの記憶の淵から、ひとつの欠片が飛び出してきた。
――さまよえる魂を呼び戻す、伝説の秘宝。 本当に、そんなものが存在するのなら。
ごめんな、レイチェル。
今度こそ、一緒に虹のふもとに立とう。
「――…ロック?」 急に黙り込んだロックに、エドガーが怪訝そうに声をかける。
「おい…もしかして、もう行くのか? まだ本調子じゃないだろうに」
しゃあしゃあと言ってのけるロックのふてぶてしさに、エドガーは大きく溜息をついてみせた。
石鹸の香りのする己の衣服にそでを通し、てきぱきと身支度を整えていくロックを眺めながら、エドガーは努めて明るく声をかける。
ロックの去った部屋は、とたんに静寂に包まれる。 エドガーはゆっくりと窓辺へ歩むと、そこから地上を見おろした。
決して心のすべてを開かない、明るく屈託のない友人。
地平の彼方へと消えていく影を、エドガーはいつまでも見つめていた――…。
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えぇと。当時の通勤経路がまがりくねった山道だったのですが、
あるとき、すごいクッキリした虹が、もうホントにすぐそばに見えたんですよね。
だけど、絶対に近づけない。
その体験を、ちょっとネタにしてみたのでした。