山は、人々に大いなる自然の恵みを与える。
青々と茂る大樹の森は、その枝を鳥たちのねぐらとして提供するだけでなく、地中にその根を深く張り巡らし、天から降り注ぐ雨水をろ過して飲料用水に変えてくれる。
植物と獣と微生物とが織りなす食物連鎖は実に精巧な生命の円環を森の中で築きあげる。
また、山は美しい鉱物の原石をその身に抱え込み、気の遠くなるような時間をかけて形づくられた地球の記憶のかけらたちを密やかに守護している。
人は長きの間、神からの豊かな恩寵に感謝しながら生きてきたはずであった。
さまざまな高原植物が咲き乱れ、珍しい蝶が舞う緑豊かな山あいの村、ニブルヘイム。
18年前、未知のエネルギー源である「魔晄」がこのニブル山で発見された。当時、兵器開発を主な事業内容としていた神羅製作所は「魔晄」の将来性に目をつけ、実用化に向けての研究を独自に進めていったのだった。その結果、魔晄は従来まで利用されてきた化石燃料などとは比べものにならないほど効率よく電気などの実用的なエネルギーに変換できることが判明した。
ニブルヘイムは自然的に豊かな恵まれた土地にあったとはいえ、これといって特筆できるような産業はない。山から掘り出される金属を加工した工芸品がちょっとした名物となっている位である。
電力発電施設「魔晄炉」の実験建設地としてニブルヘイムが挙げられたとき、村の権力者たちは嬉々としてその誘いに応じた。この村が発展するにあたりまたとない好機であると判断したからあった。
そして魔晄炉第1号機がニブルヘイムの山奥に建設された。今から9年前のことである。
「サラ!」
突然おのれの名を呼ばれ、少女は声が聞こえてきた方向を振り返った。
柔らかく頬をなでるそよ風が、少女の髪を揺らす。すみわたる青空に燦然と輝く陽の光のまぶしさに目を細め、少女はしばし目を凝らした。すると、やがて木製の柵の向こうから手を振りながら駆けてくる少年の姿に気づく。
少女は花のような笑顔をみせる。
「ラルフじゃないか、どうしたんだい?」
ラルフと呼ばれた少年は、肩で2,3度大きく息をつくと、目を輝かせながら嬉々として喋りだした。
「今、魔晄炉の整備から帰ってきたところなんだ!」
「へぇ、ご苦労様、疲れただろ?」
少女は見かけとはかけ離れた、熟女ぶったねぎらいの言葉をかける。
それにすっかり慣れっこの少年は、興奮さめやらぬ様子でつい今しがたの仕事についての報告を続ける。
「すっごいぜ、あれは! こーんな、こ──んなにでっかくてさ! さすが神羅製作所! 未来はこの会社がにぎるぜ、間違いなく!」
「なーに言ってんだか、子供のくせに」
あまりにもはしゃぐラルフに苦笑するサラに、ラルフは思わず声を漏らす。
「……サラだって俺と同い年だろ──…」
少女の名はサラスティ=ストライフ。すべらかな白磁の肌に、すんだピュア・ウォーターの瞳が美しい14歳。頭の高い位置で束ねた、しなやかなハニーゴールドの髪と同じ色をした、意志の強そうな眉が印象的な娘である。
少年の名はランドルフ=ロックハート。幼い頃からニブルの高原を遊び場としてきたために山焼けした肌が逞しく眩しい。自信に満ちた凛々しい面もちではあるが、やはり年相応の少年らしさは拭いきれない。同じく14歳である。
ふたりは幼い頃から良く知った間柄、いわゆる幼なじみであった。
「ところでサラ。そっちはどうなんだい?」
ひとしきり魔晄炉探索の興奮をまくしたてると、ラルフはサラの仕事状況を尋ねた。
14歳の子供といえど、このような田舎で生活する者にとっては貴重な労働力である。自分の食いぶちは自分で稼がねばならない。実際、サラは天涯孤独の身であった。幼い頃に両親を亡くし、このニブルヘイムの叔父母の家に引き取られたのである。しかし叔父母は仕事の都合上この地を離れねばならなくなった。家屋の老朽化を防ぐ手っ取り早い方法は「ひとが住むこと」である。数年前からサラは余所の屋敷の家事手伝いで生計を立てながら、叔父母の家に一人で暮らしているのだった。
「あぁ、とりあえずね。この洗濯が終わったら、次は子供の世話さ」
脇に抱えたままの、石鹸のほのかな香りの残る洗濯物の山が入った桶を見やり、サラは微笑む。くるりとまわる大きな瞳が愛らしい。
「子供ぉ? …あぁ、クラリスに頼まれたのか? まったくあの年増女、いい歳してるくせに家事もしねぇでやんのな!」
ラルフはひとまわり年上の、宿屋の娘を思い浮かべた。彼女にはいつもなにかとからかわれていたりするので、ここぞとばかりに悪態をつく。
「いや違うよ。神羅屋敷の方さ」
そう答えたサラに、ラルフは訝しげな声をあげる。
「神羅屋敷!? なんで子供がいるんだよ? だってあれは神羅製作所の魔晄炉研究施設だろ」
「そんなこと知らないよ。いるもんはいるんだからさ」
村の北に位置する大きな洋館――かつては村の領主の館だったらしい――は、数年前に神羅研究所によって買い取られ、現在は研究員たちが住みこみで何かの研究を続けている。
サラは屋敷の雑用係としてつい最近雇われたのだった。
「でもホントかわいいんだよ。なんならラルフも見に来るかい?」
「……よし、そーだな!」
サラの微笑みに、ラルフは気をよくして即答する。
「俺もサラのために子供の扱いくらい慣れとかないといけないしな!」
「? じゃ、ちょっと待っててくれないかい? 終わらしちまうからさ」
サラは身を翻して物干し台まで小走りに駆けて行った。ほどなくすると、しわ伸ばしのためにシーツを叩く軽快な音があたりにこだまする。
背伸びしながら洗濯物を干すサラの姿を、ラルフは苦笑しながら見つめていた。
「……ったく、なんでサラはこんなに鈍いかなぁ……」
ハニーゴールドの髪に反射するあたたかな陽の光。いきいきと輝くピュア・ウォーターの瞳。吹き抜ける風にひるがえる人参色のスカート。
いつだってサラは元気いっぱいだ。時々きついことを言うこともあるけれど、そこがサラらしいところでもあるのだ。
「ラ・ル・フ!」
己の名を呼ばれ振り返ると、ナタリー=マロウメアがいたずらっぽい表情で立っていた。いい気分になっていたところを邪魔されラルフは不機嫌そうな声を出す。
「なんだ、ナタリーか。なんか用か?」
「あら、ずいぶんな言い方ね」
ナタリーはクスクスと笑いながら、ラルフの顔をのぞき込む。
ナタリー=マロウメアもまた、このニブルヘイムに暮らす少女である。ふわりとしたショートボブに眉の上で短く切った前髪がチャーミングな16歳。
父親はもともと行商人であったが、魔晄炉建設をきっかけに数年前にこの地に移り住んできた移民である。しかし、持ち前の明るさと人なつっこさで、今では村でも評判の娘となっていた。
「なぁにー、またサラを口説こうとしてたわけ?」
小悪魔のような流し目をくれてやると、ラルフは目を見開いて驚いた。
「な……なんでそのこと……!」
「あら? バレてないとでも思ってたの?」
涼しい顔でからかってやると、ラルフはちくしょう、いつか必ずあんたの弱みを握ってやるからな、などと小さくつぶやく。
「おや? ナタリーじゃないか。元気かい?」
洗濯物を干し終わったサラがナタリーに気づき、丘の上から声をかける。
「えー、元気よ!」
「そうかい。そりゃ何よりだねぇ」
カラになった籠を抱えて丘を降りてくるサラを、ナタリーがたしなめる。
「もー、サラったら。そんなオバサンくさいしゃべり方やめなさいよぉー。まだ若いんだから……。もったいないわよっ!」
「よけーなお世話だよっ! これがあたしなんだからしょうがないだろ?」
「ま、確かにね!」
「だろ?」
少女たちは、顔を見合わせてクスクスと笑った。
「うわー、すごーい……」
あたりをキョロキョロとみまわしながら、ラルフとナタリーは感嘆の声をあげた。
玄関ホールの高い天井に輝くきらびやかなシャンデリア、立派な毛皮を持つ大きな熊の剥製、どっしりと構えるグランドピアノ。いづれも彼ら庶民が目にすることなどめったにない品物ばかりが絢爛豪華に配置されていた。さすが、数百年前の貴族の館を改築しただけのことはある。
「……こんなもん、研究に必要なのかよ……」
腰に手を当てて呆れとも妬みとも取れるつぶやきをぶつぶつと漏らすラルフをよそに、ナタリーは古城の荘厳さに目を輝かせる。案内された客間にも、大きな絵画や季節の花を生けた花瓶などが飾られていた。
「こういうの、憧れちゃうよね」
「そうだね。女の子だったら、一度はね」
ラルフは、サラのその声を聞き逃さなかった。
「サラ、こういう屋敷に住みたいのか?」
「そりゃ住みたいに決まってるじゃないか。お嬢様みたいな気分に浸れそうだろ?」
可愛らしくくるりと回ってみせるた途端、さも意外というような顔をしたラルフに、サラは軽い一瞥をくれてやる。
「それとも何かい? あたしはそんなガラじゃないとでも言いたいのかい?」
「んー、サラも黙ってれば可憐な少女なんだけど……」
すかさず突っ込むナタリーをサラは笑顔で脅した。
「ナ──タ──リ──……」
「あは…は……」
微笑んでサラから逃げてみせるナタリーを後目に、ラルフはこそっと耳打ちする。
「じゃあ、俺がいつかすっげぇの建ててやるよ。――サラのために…さ!」
「おや? ラルフ、あんた大工になりたかったのかい? 知らなかったよ」
さらりと撃沈され言葉も出ないラルフをよそに、サラはお菓子を貰ってくると言って部屋を後にした。その場にはラルフとナタリーだけが取り残される。
「あの様子じゃ、気付いてないのは本人だけかもね」
「……うるせ──」
さっぱり相手にされないラルフに苦笑を禁じ得ないナタリーを、いつまで笑ってんだと一喝するが、てんで効果がない。
「…だいたいなー、なんでおまえがくっついて来るんだよ!」
ラルフは見るからに不機嫌そうに腕を組む。
「あら。だってサラに誘われたんだもの。聞いてたでしょ?」
「バカ! だからってわざわざノコノコついてくる奴があるか。気ぐらいきかせろよ! …おまえさえいなかったら、もーちょっとはイイ雰囲気になったかもしれないんだぞ!?」
ヤケになって開き直るラルフに、ナタリーはすっとぼけた様子で小首を傾げる。
「あら、それはどうかしら?」
「ああ見えてもな、サラは恥ずかしがりやなんだよ。せっかく愛しのラルフ君と一緒なのにお邪魔虫のナタリーがいるから素直になれないだけなんだよ。うん、きっとそうだ! そうに違いない!!」
「あー、はいはい……」
こうなったらもう何を言っても無駄である。ラルフはこう、一直線というか、融通がきかないというか、思いこんだらまわりが見えなくなるというところがある。そこが長所でもあり短所でもあるのだった。
しばらく各々で部屋を物色する。高い天井と古めかしい調度品にかこまれたこの部屋は、どこかしら重厚感をただよわせる雰囲気がある。声を立てずにいると、しんと張りつめた空気におのれの足音と息づかいが響きわたりそうな錯覚までおぼえそうになる。
余所の家に足を踏み入れた時の、嗅ぎなれない匂い。まるで異世界にでも入り込んでしまったかのような感覚に耐えきれなくなりかけたその時、重々しい扉の向こうで、かすかな物音がしたような気がした。
ナタリーとラルフは、はっと固唾をのんでその方向を凝視する。
――ガチャ
しばらくすると、扉がわずかに開いて小さな子どもがそうっと顔を覗かせた。
白銀の光沢を放つ絹のような髪。澄んだ紫水晶の双眸。すべらかな白磁の頬。
どこか妖精めいた、この世の者とは思えないほど清浄な雰囲気を醸し出す汚れなき少年。いや、少年というにはまだ幼すぎるのかもしれない。しかし、その瞳に宿る涼やかな輝きは、幼い肉体に潜んでいる高い知性と聡明さを隠すことは出来るはずもなかった。
「……だれ?」
少年が言葉を発したことに、ふたりはハッとして我に返る。
「お…おい、ナタリー……」
「この子は──」
「……だれ?」
もう一度少年が問いかける。
微動だにしない空気。張りつめた緊張。
その時、それを破るかのように少女の声が響きわたった。
「あ──セフィ、起きちゃったのかい?」
「サラ!」
セフィと呼ばれた少年が、嬉しそうにサラに飛びつく。
「あはは、どうしたんだい」
少年は先ほどまでの様子とは打って変わってサラの足にじゃれつく。
例のごとくいい顔をしないラルフを横目に半ばあきれながら、ナタリーは問う。
「サラ、その子がさっき言ってた……?」
「あぁそうさ。セフィロスっていうんだ。セフィ、このふたりはあたしの友達だよ。ナタリーとラルフっていうんだ」
「……ハッ、サラ。友達だなんて。俺は──」
さりげなく足を踏みつけられ絶句するラルフを後目に、ナタリーは少年に向かってにこやかに手を差し出す。
「はじめまして、セフィロスくん!」
すると、さっとサラの後ろに隠れる。サラのスカートをつかんでそっと様子をうかがうその仕草が、妙に愛らしい。
サラがセフィロスに初めてあったのはつい6日ほど前のことだった。
その時も、彼は初めて出会う人間に警戒の色を隠せないでいた。
けれど、サラのまっすぐな人柄がそうさせたのか、セフィロスはすぐにサラになついた。それは研究所の職員でさえ予想だにしていなかったことだった。それまでのセフィロスは、他人に心を開くことなどほとんどなかったのである。しばらく前に研究所を去った、たったひとりの人物を除いては。
他人に対する警戒心と生まれ持っての聡明さ・神秘さは、彼を実際よりいくぶんおとなびて見せていた。けれどこの6日間、サラと接することによってセフィロスは多少なりとも年相応の“子供らしさ”を垣間見せるようになっていた。
声をかけられて微笑む。
感じたことを身振り手振りで話す。
怒る、泣く、甘える。
そんなセフィロスの様子をいとおしそうに、けれど、どこかしら哀しそうに見つめる亜麻色の瞳があることに気付く者は少なかった。
コンコン、と軽いノックの音が響いた。
サラが返事を返すと静かにドアが開き、かすかに紅茶の良い香りがただよう。
「遅くなってごめんなさいね」
亜麻色の髪を束ね、白衣に身を包んだ女性がティーセットと菓子を持って入ってきた。
素朴な感じだが、薄化粧のあっさりとした知的な美人である。
「ルクレッツィアさん、悪いね」
「いいのよ。セフィロスの世話頼んでるんだから、これくらいのこと当然よ」
人数分に注ぎ分けられたティーカップから、温かく芳醇な香りがたちのぼる。
「あ、それとコレ。自社製品で悪いんだけど、新製品のお菓子なの。良かったら食べてね」
「わざわざすみません、遠慮なくいただきま――…」
包みを開けてその姿を現した菓子は、実に奇妙な色彩を放っていた。
やわらかくて薄い、餅のような生地に包まれた餡。
その餡が――碧とも蒼ともつかない、なんとも不可思議な色なのである。まるで生き物のようにその色彩はうねり、餡そのものがかすかに発光してさえいた。
「“魔晄饅頭”っていうのよ」
にっこり笑ってそう言ってみせるルクレッツィアに対して、一同はひきつった笑みを浮かべて絶句するしかなかった。
「それでね…サラちゃん。お願いなんだけど……」
ルクレッツィアが話題を変えたことに、約2名は内心、安堵する。
「明日からしばらくはここに来ないで欲しいの……」
「え?」
「セフィロスの世話の件は、私の一存でお願いしてるんだけど……。それを快く思わない研究者もいるのよ。その人が、近いうちにここに戻ってくるの。また数日で本社の方に戻ると思うから……しばらくの間だけ………ね」
「おかしな話だねぇ」
訝しげな表情でサラが首を傾げた、その時。
カツ、カツ、カツ…。
サラにとって聞き慣れない靴音が、この部屋の扉の前で止まった。
「…………!」
ルクレッツィアの表情がこわばる。
扉が、開いた。
現れたのは、神経質そうな面もちの比較的小柄な男。
男は開け放たれたの前に立ったまま、サラ達を一瞥する。
「…私のいない間に、勝手なことをしてくれたものだな……」
白衣を身につけていることから、この男が先程ルクレッツィアが話した男であろうことは、サラ達にも容易に想像がついた。
男はゆっくりとルクレッツィアに歩み寄ると、静かに問いつめる。
「お前ほどの研究者ならば理解できぬはずはなかろう?…くだらん外的要因がこのサンプルの潜在能力を削り落とす可能性。すなわち我々の長年の研究の無意味化…」
「えぇ……わかっているわ……でも、あの子は……!」
ルクレッツィアは大きくかぶりを振って、男に懇願の言葉を投げかけた。しかし、思いもむなしく彼女のささやかな反乱はうち砕かれた。
男はルクレッツィアの腕をつかみ、さらに続ける。
「……クックック、くだらん情でもわいたか。――忘れたのか?これはただの実験材料、それ以上でもそれ以下でもない。これはお前も了承済みのはずだ」
「…………」
ルクレッツィアは沈痛な面もちで軽く唇を噛み、うつむく。
重い緊張感が、その場を支配しようとした。
その刹那、少女の怒りに満ちた声が部屋に響きわたった。
「ちょいと! 黙って聞いてりゃなんなのさ、この子のこと何だと思ってるんだい!」
言うまでもなく、サラである。
サラは男からルクレッツィアを引きはがすと、ふたりの間に割って入った。
「……なんだ、お前は」
「何だっていいだろ! まったく腹の立つ!」
「サ…サラ!」
驚いたのは、ナタリーとラルフの方である。
ふたりはギョッとして白衣の男にくってかかろうとするサラを引き戻す。
「(やめろよ……! 俺たちが首を突っ込む問題じゃなさそうだぞ)」
「(そうよ! ヘンに怒らせたら何されるかわかんないよ!)」
けれどふたりの言葉はサラを引き留めるのに何の効果ももたらさなかった。
「うるさいねぇ! ほっとけって言うのかい!? 冗談じゃないよ!」
ますます怒りをあらわにするサラをなだめる方法は思いつかない。
男の、眼鏡の奥に潜む冷ややかな視線に本能的な恐怖を覚えたナタリーとラルフは、目配せをしてサラの両脇に回り込んだ。そして、各々がサラの腕をガシリとつかむ。
「し…失礼しました――!」
「お邪魔しました! お茶、おいしかったです!」
ふたりはサラを担いだままペコリとお辞儀をすると、一目散に部屋を後にした。
「何すんだいっ、離すんだよ! こら!」
暴れもがくサラを無視して引きずってきたふたりだったが、屋敷を出て、敷地の柵を越えたあたりでようやくサラを解放した。
サラはふたりを振り払って、悔しさに地団太を踏む。
「まったく!なんでこっちがおとなしく引きさがんなきゃならないんだよ!」
「ちょっと!!待ちなよサラ!」
今にも屋敷に駆け戻らんとしたサラを、ふたたびナタリーは引き留めた。
「あたしたちがどーこー言って解決するような問題じゃないでしょ」
「そーそー。長いものには巻かれろ、ってね」
自分に直接危害が及ばないのならば、どうでもよい。面倒なことには巻き込まれたくない。そういった意図を言外にくみとったサラは、ふたりの冷酷さを憤慨し、非難する。
「あー!もぅっ。あんたたちに魂ってもんはないのかい!」
「…………」
「研究対象だか何だか知らないけど、あの子から人間らしい生活を奪う権利なんて誰にもありゃしないハズだろ!」
自分たちがあの少年に無慈悲なのはわかっている。けれど、たった今出会ったばかりの、しかも巨大な組織に囲われた少年を、自分たちが“救う”ことなどできようか。
「…………サラ…………」
「……そうだけど。あたしたちは子供だもん。何もできないよ……」
サラは、唇をかみしめてふたりを見つめた。
しばらくそうしていたが、やがて意を決して屋敷へと駆け戻った。
けれど、その日はふたたび屋敷に入ることはできなかった――。
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