理不尽。 -normal.ver-

薄暗い石造りの狭い通路に、渇いた足音が響きわたる。
ロックはひとり、フィガロ城の地下・機関室を目指していた。
急勾配の階段を下り、通路の左右に作られた小部屋なども
しっかりと覗き込みながら、最深部へと進んでいく。
「ふぅん…宝物庫も兼ねてた、って感じだな…」
職業柄かあちこちを物色しつつ、ロックはひとりごちる。

フィガロ城によく足を運ぶようになって5年以上は経つが、
ここに立ち入るのはロックにとって初めてのことだった。

まぁ、それは無理もないことだろう。
砂の海を潜るハイテク要塞・フィガロ城。
その機関室ともなれば、門外不出の技術てんこもりに違いない。
一般人がそうやすやすと近づけるはずもない場所なのだ。
そういえば、とロックは思った。
ちょっとでも機関室への階段に近づこうものなら、
フィガロ城・操縦士のじいさんが血相変えて飛んできたっけ。

世界崩壊後に城が砂の中で往生するという事態を
エドガーとその仲間たちが解決してからは、
彼も以前ほど機関室への侵入を咎めることもなくなったという。
…けれど、ここが技術の粋を尽くした研究成果であること、
精密機械が凝縮された危険地帯であることになんら変わりはない。

ロックは、みなが寝静まった真夜中にここに忍び込んだのだった。

通路のわきには、どっしりとした対の獅子の置物やら、
なめらかな青磁器やら、古めかしい調度品やらが積んである。
いくつもの小部屋の中には、高価そうな絵画らしきものが、
丁重に布にくるまれて保管してあった。
ロックはそれらに触れることはせず、ただ眺めて去っていく。

ひととおり見学しおわり、ロックは最深部であろう扉の前に立つ。
ロックは力をため、重々しい鉄の扉をゆっくりと押した。
「…よいしょ、っと!」
ギシギシという軋みを伴い、扉が少しづつ開いてゆく。
それと共に、奥から鈍い機械音が響いてきた。

ロックは薄暗い機関室の中に、足を踏み入れる。
「うわ――…」
大きくひらけた空間の中央付近には、
見るも仰々しい機械がそびえ立っていた。
複雑に絡み合い、いくつものタンクを結ぶパイプ管。
ゆっくりと、あるいはくるくると廻る大小さまざまの歯車。
それらがびっしりと組み合って成る巨大な鉛色の塊は、
中央の狭い通路を隔てて左右に2つ、存在していた。

ロックは内心おののきながらも、通路を進んでいった。
轟音をとどろかせながら作動する巨大な物体の間を
たった1人で通行するのは、とてつもない圧迫感をともなう。
突然に壊れはしないだろうかなどと、いらぬ不安さえ巻き起こる。
ロックが2つだけだと思っていた機械の塊は、
それらの向こう側に同じ形状のものがもう1つづつ存在した。
入り口からは、陰になって見えなかったのだ。
ロックは狭い通路の手すりを知らず、握りしめた。
あまりのスケールの大きさに、革手袋の中の手がじっとりと汗ばむ。
ふと、手すりの外側に目をやり、ロックは息をのんだ。
機械の塊は、足元の遥か下方から続いており、最下部が見えない。
まるで底なしの暗黒の中から伸びてきているかのようだった。

ロックは、身震いした。
しかしそれは決して恐怖からではなかった。
人跡未踏の未知の遺跡に挑む時のような、高揚感。
人知を越えた建造物と相まみえることのできる至福感。
むしろ、そういったものに近い感情であった。

「さすが、このバカでかい城を動かす動力室だけあるなぁ…」
しばらく呆然とそれに見入っていたロックであったが、
ふと己がここに侵入した目的を思い出し、身をかがめる。

「さて…どこにあるのかな…」
ロックは石造りの床を丹念に調べだした。
壁とのわずかな隙間、石の間の微妙なくぼみを目で追う。
やがてロックは、柱の陰にキラリと光るなにかを発見した。
「…っと、コレか?」
ロックはそれを手にとって眺めてみる。
それは銀の鎖のついた、カメオペンダントだった。
白い瑪瑙石に、フィガロの紋章が彫り出されている。
よく見ると、横に小さなでっぱりがあった。
どうやらロケットになっているらしい。
ロックは革手袋をはずし、爪をかける。
ぱちん。
ロケットは小さな音を立てて、開いた。
その中には、セピア色の、肖像画…ではない。
まるで時間を紙に焼き付けたようなものが収まっていた。
ロックは必死に記憶の糸をたどる。
「あぁ…なんだっけな。写真、っていったっけ」
以前、エドガーの口から聞いたことがあったのだ。
写真には、立派な衣装をまとった男としとやかな微笑みの女性、
そして双子の嬰児が映っていた。
「…ったく、こんな大事なモン落としやがって」
ロックは小さく微笑った。

ここへは、別に頼まれて来たわけではない。
ロックがみずからの意志で、忍び込んだのだ。

数日前、飛空挺ファルコン号でのおだやかな団欒。
その何気ない会話の中で、エドガーがふと口にしたのだ。
ここで大切なペンダントを落としたかもしれない、と。
あのエドガーのことである。
パーティーは打倒ケフカへの対策に忙しい毎日。
個人的な事情で本当にそこに落としたという確証もないそれを
わざわざ取りに戻らせてくれと言い出すのは気が引けたのであろう。
その場はすぐにエドガー自身が別の話題を持ち出したので
そのまま何事もなく済んでいったし、
他の仲間も別段、気に留めているふうでもなかった。
けれど、ロックは気になって仕方がなかったのだ。
エドガーのどこか寂しげな横顔が。

普段さほど個人的な感情をおもてに出さないエドガーの、
驚きよろこぶ姿を想像し、ロックはひとりほくそ笑んだ。



「さて、戻るか…」
ロックはペンダントをポケットにねじ込み、足を踏み出そうとした。
「……!」
だがロックはぴたりと静止し、あたりの空気をうかがう。

――なにか、妙な違和感を感じたのだ。

間違いなく、何かがいる。
どこかで、こちらの様子をうかがっている。

確かに、ここに辿り着くまでに何回かモンスターに遭遇した。
けれどこの重圧感、背筋の震えるような嫌悪感は
いままで遭遇したモンスターの持つ比ではなかった。
ロックは息を殺して、神経を研ぎすませた。
(どこだ、どこにいる!?)
「――!!」
重々しい機械音にまじる咆哮のようなものをロックの耳は捉えた。
地の底から響くような、空気を震わす振動音。
ロックはハッとして手すりの底の闇の奥にちらりと目をやる。

闇の奥に蠢く、鈍いひかり。
そのひかりがうねうねと動き回り――。

「な、なんだ!?」
次の瞬間、それがロックめがけて襲いかかってきた。
「くっ!!」
ロックは後方に飛ぶと同時に、腰に携帯していた短刀を抜く。
すばやく突きだした腕に、確かな手応え。
床を転がり着地すると、ロックは壁を背に“それ”を睨みつけた。

「な、なんだこれは――…!?」
ロックの前方には、黄褐色にてらてらと光る妙な物体が蠢いていた。
人間の腕ほどもある周囲に、血管のような凹凸が張りめぐり、
見るも醜悪な形状をさらしている。
呆気にとられていると、またもそれがロックめがけて伸びてきた。

ロックは素早くかがんでかわし、短刀でそれを切断した。
切り離された先端は粘液にまみれ、びちびちと床を這いずり回る。
「まさか…フィガロ城停滞の原因だったモンスター…?」
いつかセリスから聞いたことがあった。
フィガロ城の動力炉に何かの触手がからみついていたのだと。
その時に殲滅させていたはずだったが、生き残りがあったようだ。

ロックは再び神経を集中させてあたりをうかがった。
「――――……」
だが、取り立てて変わった様子はないように感じられた。
入ってきたときと同じように、鈍い機械音だけが響く。
ロックは戦闘態勢を解くと、くるりと振り返った。
こんな所からは、さっさと退散してしまうのが得策だ。
用事はもう済んだのだから、早く戻って眠るに限る。
ロックは今度こそ機関室から立ち去ろうと扉に手をかけた。

だが、その瞬間。

ロックの背後に、先程のものとは違う触手が、
信じられないほどのスピードで襲いかかってきたのだ。
「!?」
咄嗟の出来事に反応できず、ロックは足元をすくわれる。
バランスを崩した所に、これまた別の触手が忍びくる。
人間の胴ほどもある触手はロックの腰に巻きつき、
ロックを動力炉の中心の方へと引き寄せようとする。
「く、くそッ…!!」
ロックは懸命にもがきながら触手の表面に短刀を突き立てるが、
その弾力とは裏腹に、傷ひとつ付けることができない。
それならば、とロックは精神を集中させる。
小さく印を結び、ぶつぶつと呪文の詠唱をはじめた。
「…――ファイラ!!」
火炎の柱が巻き起こり、ロックを締めつける触手にヒットする。
これでひるんで、俺を放り出してくれれば。
しかしその思惑もむなしく、炎は触手の表面を軽く焦がすに留まった。
「ちっ…魔法も効かない――どうすりゃいいんだよ!?」
ロックは再び短刀で己の腹あたりに巻きつく触手を斬りつけるが、
やはり押し当てられた部分がへこむのみで、ダメージは与えられない。

ロックは他に何か方法がないかとあたりを見回そうとして、
そのあまりにも醜悪な状況に絶句した。

動力炉の狭間の狭い通路で自由を奪われているロック。
手すりから下を覗き込めば遥か下方まで機械の連なりが――、
見えた、はずだった。先程までならば。
ところが、いま現在、その手すりの向こうからは、
この黄褐色の触手と同じものが、びっしりと、蠢いていたのだ。
さすがのロックも、今度ばかりは血の気が引いた。

「……!!」
触手は、ロックの体を空中へと持ち上げはじめた。
「くそっ…、放せ!!放せよっ!!!」
足が地面に着いていないというだけで、恐怖感は何倍にも跳ね上がる。
じたばたともがき、なんとか蹴り飛ばそうと試みるが、
かえって巻きつきの度合いがさらに増してしまったのだった。
そのうえ、あろうことか別の触手までもがわらわらとにじり寄り、
短刀を握りしめているロックの腕に、もがき暴れる足首に、
ぐるぐると絡みついてはきつく締めあげはじめる。
「く……っ!!」
感覚のなくなった腕から短刀がこぼれ落ち、
幾多の触手たちが蠢く下方へと、吸い込まれていった。

「エドガー!!エドガ――!!!」
ロックは必死になってこの城の主の名を叫んだ。
だが、その声は低く軋む機械音に虚しくもかき消された。

なにか…なにか、他に方法は――…!?
触手に締めつけられながら、ロックは必死に考えをめぐらす。

武器を失った今、攻撃によるダメージは望めない…。
攻撃魔法も、ダメだった。
攻撃、魔法…? ―――そうか!
それじゃあ、攻撃ではない魔法なら…!?

最後の望みをかけ、ロックは再び呪文の詠唱に入った。
「神秘の輝きを放つ射光の妖精カーバンクルよ…、
 汝の力もて悪しき空間に光の扉を――…うぐッ!!!」
ロックが唱えようとした“テレポ”の魔法は、
残念な事にすんでのところで発動するに至らなかった。
詠唱を遮るかのように、触手がロックの口腔へと侵入したのだ。
触手はロックの喉の奥を突きながら、なおもうねうねと蠢く。
沸きあがる嘔吐感と絶望感から、ロックの目尻に涙が浮かんだ。

ここで削除した文章(約50行ほど)は、ウラです。決してお奨めはできません。
なお、入り口についての掲示板でのお問い合わせは受け付けておりません。

「――はぁ…っ、……っぁ……」
ロックは触手に吊されたまま、がくりと脱力した。
すっかり疲労し、もう指先ひとつ動かすこともかなわない。
虚ろにひらいた瞳の前には、うねうねと蠢く触手。
右を見ても、左を見ても。遥か下方を見下ろしても。

(あぁ、俺…死ぬんだな)

仲間の居城の地下深くで、人知れず。
…まぁ、それも悪くないかもしれない…。
俺みたいな奴は、こういう最期が似合ってるのかもな。
随分と予定が早まっちまったけど――…、
もうすぐそっちに逝くかもしれないよ、レイチェル…。

なにもかも諦めてしまいそうになったそのとき、
触手の締めつけの力がするすると弛んだ。
そしてロックの身体をゆっくりと床に降ろしてゆく。

「………?」
ロックは身を起こしてあたりを見回そうとした――が、
不自然な姿勢で長時間吊られていたために身体の節々が痛み、
まるで力が入らず、再び冷たい床にその身を投げ出す。

眉根を寄せながら深い呼吸を繰り返し、
一刻も早く回復しようと懸命になるロックの耳に、
石床を通してかすかな靴音が捉えられた。

――誰かが、ここにいる?

朦朧とした意識をなんとか繋ぎ止めながら、
かろうじて動く首をなんとかひねり、靴音の方向を見やる。
扉の入り口付近にたたずむ、長身の影。
だが、逆光でその人物が誰であるのか特定することはできない。

その人物は、再び歩み寄りながらロックに声をかける。
「どうだ、ロック。楽しんでもらえたか?」
それはずいぶんと聞き慣れた、エドガーの声だった。

…――エドガーの、声!?

ロックは愕然としながら目を凝らす。
エドガーは、20cm四方の箱状のものを抱えていた。
呆然とするロックの真横まで到着するとそれを下ろし、
ロックの顔を覗き込みつつ思案する。
「う〜ん、ちょっと刺激が強すぎたかなぁ…」

な…なんだ!?一体どういうことなんだ!?

「よくできてるだろう?」
エドガーは箱の上部についている突起をがちゃがちゃと動かした。
すると、動力炉の方から一本の触手がうねうねと伸びくる。
どうやら、遠隔操縦の装置のようなものらしかった。
「この強度、リアルな動き。つくりものとは思えないだろ?」

――――は?

「この素材を調達するのに、だいぶ苦労したんだ」
唖然とするロックに対しにこやかに微笑みかけながら、
エドガーはてらてらと光る触手の表面を撫でた。

つまり、なんだ…!?
この悪趣味な物体は、エドガーが造ったってコトか!?
ロックの内に、ふつふつと怒りが巻き起こる。

こ、このバカ国王が…っ!!
いったい何の為にこんな愚にもつかぬ事をしやがるんだ!?
しかも、このクソ忙しいときに。
まったく、バカバカしいにも程がある!!

今すぐにでも張り倒してやりたい気持ちでいっぱいだったが、
先ほどの責め苦の余韻を引きずる身体は、言うことを聞かない。

そんなロックの心の叫びなど知るはずもなく、
エドガーはひとり満足げにうなづく。
「こんなスリルはなかなか味わえないだろう?」
味わえる!!味わえるとも!!!
そこら辺の洞窟にもぐれば、凶悪なモンスターは嫌という程いる!!

エドガーはロックを抱き起こして、治癒魔法を唱えた。
ロックの身体を温かい光が包み、擦り傷や打ち身を融かす。
重苦しい疲労感から解放されたロックの視線が、エドガーとかち合う。
エドガーはにやりとわらって、こう言った。

「途中で俺の名を呼んだとき、シビレたよ」

ロックの肩がわなわなと震えだす。
「こ…の…ヒマ人がぁあぁ――――…ッ!!!」
一瞬の後、ロックの拳がエドガーの顔面に炸裂した。

なんとか無事に寝室に戻っても、ロックの怒りは収まらなかった。

だいたい、なんで俺がこんな目にあわなきゃならないんだ!!
なんかいろいろ御託を並べ立ててたけれど、
実際のところは俺を痛めつけたいだけじゃないのか!?
あいつにヘンな仏心を持ったのが間違いだった!!!

ロックはやり場のない理不尽な思いをペンダントにぶつけんと
壁に向かって振りかぶったのだが――…結局、やめた。

END
実は、最初はここに載せるつもりは微塵もなく書いてました。
でも描写わりと頑張ったので、差し支えない分だけ載せました。
普通の読み物としても、大丈夫です…よ、ねぇ…?(^-^;;
――いや……、やっぱりちょっと、難あり、か……。
「エドガーが変だ」というクレームは耳に入らないことにしまス。
…私もあんなアタマ悪げなエドガーはイヤです…。(がくり)
ところで、フィガロ城救出イベントの際の侵入の後に、
再び機関室を訪れることって、できましたっけ…?
(書いてしまってから聞くな)
う〜む…サッパリ覚えてねぇッス…。


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