最期の贈り物 -normal.ver-


 レイチェルが、俺の心に光をくれた。
 もう…大丈夫だ。


 確かに、そう言った。
 そう言ってみせた。

 でも――…。

 そう簡単に、割り切れるものなんかじゃない。
 あいつは、俺のすべてで。
 あいつは、俺の生きる証そのもので。
 あいつは、俺の――…。


 一人きりでいると、どうしてもあいつの顔が、脳裏をよぎる。
 すべてを赦してくれる、穏やかなまなざし。
 なにもかもを包み込んでくれる、柔らかな微笑み。


 手のひらには、淡い碧のひかりを放つ、神秘の魔石。
 あいつが俺に託してくれた、蘇りの力を司る魔石フェニックス。

 それは…レイチェルから俺への、最期の贈り物。


 やっぱり、忘れるなんて出来ない。
 忘れられないのではなく、絶対に忘れたくないのだ。

 あいつとの、かけがえのない想い出は。
 誰にも譲れない、俺だけの宝物だから――…。


***

「ねぇ、バハムートの魔石が手に入ったんだけど、誰か装備する?」
 飛空艇の甲板から降りてきたセリスが、仲間たちに声をかけた。
「バハムート? どうしたんだ、そんなの」
「デスゲイズを倒したら、腹の中から出てきたのよ」


 ケフカの裁きのいかづちにより、世界は引き裂かれた。
 それにより、封じられていたいにしえの魔物たちが復活を遂げた。

 茜色の空を飛びまわる、巨大なエイのような形状をした怪物・デスゲイズ。
 この魔物も、それらの中のひとつであった。死を凝視するものというその名のとおり、“レベル5デス”という特殊な死の魔法をあやつるこの魔物に、パーティは幾度か苦戦を強いられた。
 再三にわたりデスゲイズと対峙し激闘を繰り広げるも、いつも、もう一息というところでいつも逃走されてしまっていた。それを、つい今しがた倒したのである。


「さて…そういうわけで、誰が装備する?」
 一同の前には、ずらりと手持ちの魔石が並べられていた。
 オーディン・アレクサンダー・ミドガルズオルムなど、希少で強力な魔法を秘めた魔石は、常にパーティの中の一部でも取り合い状態となる。
 自分が身につければどんな利点があるか、それをいかにアピールするか。
 それぞれが思いをめぐらせていた、その時。

「俺は、いいよ」
 ロックは、ひらひらと手を振り立ち上がった。
「魔力の高いヤツから装備していった方がいいんじゃないか?」
「そ、そうよね!」
 競争率が下がったことに、セリスはあからさまに安堵する。
「俺はやっぱり魔法よりもコッチが性に合ってるしさ」
 そう言うと、ロックは腰に挿した短剣をぽんと叩いて片目をつむった。
「ドロボウのほう?」
「てめっ、リルム!!」
 ニヤニヤと揶揄する少女の首を、ロックは笑いながら小脇に締めてみせた。


***

 世界最速の艇・ファルコンで世界一周にさほど時間を要さなくなった今、旅の疲れを癒し、体力の回復をはかるためにフィガロを訪れることが多くなった。

 いつも飛空艇で寝泊りするというのは、さすがに限界がある。人間はしかるべき場所でゆっくり休まなければ、疲労は取れないものなのだ。
 フィガロは仲間であるエドガーとマッシュの城なので、よその宿よりも気兼ねが少なくて済むし、金銭的にも助かる。それに、パーティが作戦会議をおこなうための場所としても適しているということで、しばしばフィガロに立ち寄っているのだった。


「ロック、ちょっといいか」
 夜も更けた頃、エドガーはロックを自室へと呼び出した。

「なんだよ、いったい」
「いや、久しぶりにおまえとふたりきりで一杯やろうと思ってね」
 葡萄酒の瓶を差し出しながら笑むエドガーを、ロックは不機嫌そうに一瞥する。
「建前はいいよ。なんの用なんだ?」
「別に用件があるってわけでもないんだがなぁ…」
 あくまでもつれない態度を取るロックに、エドガーは苦笑した。

「おまえ…どうして“魔石争奪戦”に参加しないんだ?」
 深みのある色合いの酒をふたつのグラスに注ぎつつ、エドガーは問う。
「どうしてって…。さっきも言っただろ」
「それにしても、おまえは魔法を覚えなさすぎているだろう?」


 世界崩壊後、パーティは散り散りになった仲間たちを探し続けた。
 いくつもの洞窟を越え、強敵を倒し、力をつけながら――…。

 ロックの所在は、なかなかつかめなかった。
 秘宝を探せばロックが現れるのではないかという、情報とは言いがたいわずかな希望だけを頼りに、パーティはガストラが宝を隠したと噂される洞窟に乗り込み、やっとのことで彼と再会を果たしたのだ。
 長期間パーティを離れていたロックは、そのぶんだけ、魔石を装備していた期間が短い。したがって彼が習得している魔法も、そう多くはないのである。


「おまえも、もっと上位の魔法を覚えた方がいいと思うんだ」
「なんだよ…説教するために呼び出したのかよ」
 なみなみと注がれた葡萄酒を一気に飲み干し、ロックはぐいとグラスをエドガーの鼻先に突きかえす。
「説教じゃない、戦略だ」
「俺には俺の戦い方があるって言ってるんだよ」
「…ロック」
 頑なな物言いのロックに、エドガーは大袈裟に溜息をつく。


「有効な手段や道具があるというのに、意固地になってみすみす拒絶するというのは、頭の固い愚か者の行動だぞ」
「…………」
 (なんで今そんなに魔法にこだわってくるんだ。放っておいてくれ)
「俺たちは強大な力を持つ未知の魔物に挑まなければならないんだから、可能な限りさまざまな能力を身につけるべきだと言っているんだ」
「…………」
 (別に、魔法が嫌いだってワケじゃないさ)
 (俺だって格好をつけながら、得意げに披露してやったこともあるじゃないか)
「いかに効率よく魔物どもを殲滅させるか…そのためには魔法の補助も視野にいれるべきだと、俺は思うんだ」
「…………」
 (戦闘中も、使うべきところは自分の覚えてる範囲でちゃんと使ってるだろ)
「攻撃魔法だけじゃない、強力な回復魔法…ケアルガを使えるのも今のところセリスだけだし、おまえもいろいろ覚えておけば、なにかあった時に役に立つとは思わないか」
「…………」
 (強力な魔法は他のヤツに覚えてもらったらいいって言ってるんだよ)


 理路整然とした、まったくもって正論としか言いようがないエドガーの説得を、ロックは不貞腐れた表情で聞き流しながら、腹の底で悪態をつく。
 ただでさえ、疲れているところを呼び出されたのだ。
 あからさまに退屈そうに欠伸をかみ殺してやると、これには、さすがのエドガーもとうとう声を荒げた。

「好き嫌いの問題じゃあないんだぞ。それくらい、おまえなら解るだろう!」
「うるさいなぁ、ケアルガだったら俺だって覚えてるよ!」
 面倒くさそうに、ロックは吐き捨てる。
「…なんだって?」

 不審そうなエドガーの声。
 しまった、と、ロックは思った。


「おまえ、ラクシュミの魔石なんてマスターしていたか?」


***

 魔石を介して魔法を習得するためには、その魔石を肌身離さず身につけ、魔石の有する魔導のエネルギーを魔法レベルに応じてその身に抽出しなければならない。

 いまパーティが持っている魔石で、ケアルガの力を秘めているものは、リルムを救出したときに入手したというラクシュミのみなのだ。ケアルガの魔法習得度は1なのでずっと身につけていなければならず、そう簡単に覚えられるものではない。
 ロックが再加入した時期から逆算すると、ラクシュミの魔石で習得するということは、どう考えても困難なのだ。


「え、いや。単独行動してたときにいろいろあって、それで…」
 しどろもどろになりながら、ロックは考えをめぐらせる。
「それで? なにか魔石を手に入れていたのか?」

 嘘を言えば、絶対にボロが出る。
 なにかを問い詰めることにかけてのエドガーの手腕は、決して侮れないのだ。

「えっと…手に入れたことは手に入れたけど、もうないんだ」
「…………………」
「その、壊れたんだよ。本当だよ、壊れたんだ」
「…………………」


 エドガーの視線に射抜かれて、背筋に冷たいものが走る。
 つじつまの合う、もっともらしい理由は?

「俺がずっと探してた秘宝、フェニックスの魔石だったんだけどさ、ほら、ヒビが入ってるってあのとき言っただろ? あいつの魂を呼び戻したとき、やっぱり無理があったみたいでさ。砕け散ってしまったんだよ」

 そう言いながら、ロックは大きくうなづく。
 嘘は言っていない。あのとき、本当に砕けたのだから。

「だから、魔石はもうないんだ。魔法は、そのとき…そう、レイチェルの奇跡で覚えたんだ。本当だ!」
「………そうか」
「そうなんだよ!!」

 力強く断言するロックを一瞥し、エドガーはゆっくりとグラスを傾けた。
 静寂の中、ランプの炎が小さく揺れる。エドガーは、葡萄酒をそっと口の中で転がし味わっている。その様子をみやり、ロックは内心ほっと胸をなでおろした。

 なんとか、誤魔化し通すことができた。
 魔石をひとりで隠し持っているなんてことがバレたら、皆にどんな目で見られるかわからない。


「…ところで、ロック」
 ふいに呼ばれ、ぎくりとしながらも、そんな表情は出さぬよう努めつつ振り返る。
「なんだ?」
「おまえ、いま何の魔石を装備している?」
「――……!!」


 目の前にはエドガーの鋭い視線があった。
 じっと、射抜くように見据える、冷ややかな瞳。

「し…してねぇよ、何も…」
「何を装備しているかと聞いているんだ」


 静かに、しかしながら強い圧力を感じさせる口調だった。
 引き攣ったように半端に開いたロックの口からは、咄嗟には声が出ない。生唾を飲み込もうとするも、喉の奥がぺたりと張りついたような感じがした。

「言えないのか?」
 薄く笑みながらそう問うエドガーから発せられるのは、普段の彼のオーラからは程遠い、重苦しい威圧感だった。


 そうだ。エドガーを怒らせると、こうなるのだ。
 怒鳴るでも暴れるでもなく、静かにキレる。
 じわじわと、凍りつくような恐怖を与えるのだ。


「わ、悪かったって! 持ってるよ、持ってる!!」
 そう言うと、ロックは腰に結わえつけた道具袋の奥から魔石を取り出した。
 重苦しい空気を散らそうと、わざとらしいほどに明るくふるまう。

「そんなに目くじら立てることないじゃないか!」
「…おまえ、少しも“悪い”だなんて思っていないだろう?」

 冷ややかに言い放たれ、ロックはムッとして口をつぐむ。

「自分が持っているべきだ、自分が持っていて当然だと思っている。…違うか?」
「だって……あれは、レイチェルが俺に託してくれた、最期の想い出の品だから…。他の誰にも、触られたくないんだよ!」

 開き直って訴えるロックを、エドガーは鼻で笑う。
「………くだらない!」
「くだらなくなんかない! 俺には、大事なことなんだ!!」
「おまえは、どれだけ自分のことしか考えていないんだ、情けない」
「世界のことより、俺には大事なんだよ!!!」


 その言葉に、偽りなどなかった。
 レイチェルは、ロックのすべてだった。
 何を犠牲にしても、取り戻したい存在だった。
 彼女は、ロックの真実だった。


「だから、おまえは浅はかだというんだ」
「…――っ…!」
 どうあっても理解されない怒りに、ロックはエドガーを睨みつける。
 エドガーは溜息をつくと、諭すように、語りかけた。
「…よく考えろ、ティナはどうだ」
「――……?」
「おまえがレイチェルさんからもらった魔石を独占したい気持ちはわからんでもない。だがな、ティナにとって魔石マディンは文字通り父親そのものなんだぞ?」
「…………!!!」


 あらためて気づかされた事実に、ロックは息をのむ。
 ティナの背負うものは、明らかに自分よりも重い。
 自分とは、比べものにならないくらい重いのだ。

 だが、ティナはあくまでも前向きに生きている。
 モブリズで愛を知り、子供たちのために戦っている。


「…おまえは、何にも変わっちゃいない」
 そう呟くエドガーの瞳には、哀れみの色すら浮かんでいた。


「頼むから、もう少し“強く”なれ…」
「……………」
 

 エドガーは、黙りこくるロックに背を向けた。
 そんな彼をそのままに、エドガーは無言のまま、自室を後にした。


END
レイチェルを吹っ切れてないロックのお話でした。
せっかく感謝の言葉を残して逝ったのに、
これでは彼女が浮かばれませんね!!
でも、ロックならやりかねんような気もします。


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