運命前夜 〜それぞれの想い〜

プロローグ

 ひんやりと澄んだ大気にそびえ立つ険しい山々。《生きては越えられない山》。地元の者にさえそう言わしめるほど複雑に入り組んだ洞窟を持つ、神秘の霊峰ニブル山脈。
 そのふもとに位置する小さな村、ニブルヘイムに、今、神羅カンパニーから派遣された魔晄炉調査隊が到着した。

 魔晄炉。それは、大地に脈々と流れる『魔晄エネルギー』を汲み上げるための施設である。魔晄とは、数十年前に神羅カンパニーの前身、神羅製作所によって発見された新世代のエネルギー源である。従来まで利用されてきた化石燃料などとは比べものにならないほど、効率よく電気などの実用的なエネルギーに変換することが可能であり、こんにちの科学技術の発展は、この魔晄の恩寵によるものであると言い切ることができよう。
 その魔晄炉が世界で初めて建設されたのが、このニブル山なのだ。もう、かれこれ30年近くも昔のことである。

 ニブル旧式魔晄炉が異常動作を起こし、かつ凶暴な動物が発生しているという報告を受け、神羅のトップソルジャー率いる調査隊がここに向かうことになったのだ。
 構成員は、つい最近クラス1stに昇格したばかりの陽気な若いソルジャー、そしてジュノン陸軍から抜擢された雑用係の神羅兵が二人。そのうちの一人は、このニブルヘイムの出身である。

 一方村では、2年前に村を飛び出した少年の安否を気づかう一人の少女がいた。
 ソルジャーになるんだ、とミッドガルをめざして旅立った少年。彼からの便りがこのニブルヘイムに届いたことは、一度としてない。
 ソルジャー達がこの村にやってくる。
 その知らせを聞いて、少女の心は揺れていた。少年の姿はあるだろうか。
 
 故郷の地を今まさに踏みしめんとした少年兵は、懐かしいニブルヘイムの門の横にたたずむひとつの影に気付き、ハッとしてその歩みを止めた。影の正体は、向日葵の花を思わせる初恋の少女。誰にも告げたことのない、心の中だけに秘められた淡い想い。彼には少女の元へ駆けてゆく勇気がなかった。
 故郷を目前にまごつく少年兵に、若いソルジャーは肩をすくめる。彼が少年の気持ちを知るよしもない。
 少女は落胆の色をその瞳に浮かべ、身を翻して村の奥へと走り去る。彼女が予期していたソルジャーの姿は、そこにはなかった。
 隊長である白銀の髪持つ剛き剣士が、丈長き外套をはためかせ再び一歩を踏み出すと、一行はそれに続いた。

 ひっそりとしたたたずまいのニブルヘイム。その静寂を際立たすかのように、長靴の奏でる乾いた旋律がかすかに広場にこだまする。
 それぞれの思いを胸に秘め、若者たちはその門をくぐるのであった。
 

1 ザックス

「どーも、つまらないもんだねぇ……」
 俺は窓から見える景色をぼんやりと眺めながらつぶやいた。
 ……景色、っていっても別になにか珍しいものが見えるわけでもない。村のまんなかにぼかっと建ってるタンクみたいなもんを取り囲むように並んでる家並み。
 ただ、それだけ。
 ひとっこ一人いやしない。ハッキリ言えば、イナカなんだな。……ま、俺の故郷のゴンガガも似たよーなもんだったけどね。
 
 狭いトラックにゴトゴト揺られてやっとこの村に着いたのが、えーと、夕方だったろ? それから荷物を整理して、メシも食って………。あたりもすっかり暗くなってさ、フラッと遊びに行くにはちょーどいい時間、なのによー……。
 この村の人間はめったに家から出て来やしない。
 ……まぁ、モンスター騒ぎの最中なんだから、仕方ねーか。そのために俺たちここに来てんだもんな。
 でもよー、こんな何かイイ事がありそうな時間に、ヤローばっか3人、何をするでもなく宿屋にこもってよー……。なんか、虚しくねーか?
 
 ……クラウドにこの村、案内してもらおうかとも思ってたけど、あいつは今、家で母親に甘えてる頃だろう。村に戻るの久し振りだって言ってたからな。
 それに、どうやら案内してもらうような所もなさそうだ。娯楽施設らしきものは、ハッキリ言って、ない。

「あーあ、なんで酒場がないんだ! 女の子との出会いがないんだ! これが遠征の一番の楽しみだってのによ!」
 俺がたまらずに不満の声を上げると、ずっとなんかの本を読んでいたセフィロスが(こんなとこまで来て読書だなんてまったく気が知れないぜ)、顔を上げて軽く眉をひそめた。
「……おまえは何のためにここに来たんだ」
「はいはい、任務です。モンスター退治です。異常動作を起こした魔晄炉の調査です。ちゃんと、わかってます。……だけどなぁ……」
 まったく、最高のソルジャーさんはどんなときでも冷静だね。調子くるっちまうぜ。俺もまぁ、セフィロスみたいになりたくてソルジャー目指したクチだけど、性格に関して言えば、俺はとうていこんな風にはなれそうもないね。

「おまえもそう思うだろー?」
 同意を求めて、俺はソファーに寝転がって菓子をほおばっている兵士に声をかけた。
「ザックス先輩〜……。女の子との出会い、だなんて。ミッドガルに彼女がいるとか言ってませんでしたか? ほら、コスタ・デル・ソルでおみやげ買ってたじゃないですか〜」
 確かに俺はここに来る途中、通り道のコスタ・デル・ソルで、ミッドガルで世話になっている女の子たちの為に土産物を買い込んでいた。ニブルヘイムにはそういう物が無さそうだったからだ。
「バ〜カ! 彼女じゃないよ、その女の子達は。ただの、ガールフ・レ・ン・ド!」
「女の子、『たち』?」
 俺がなにげなく言った言葉に、兵士がすっとんきょうな声を上げる。
「わ〜、ひどいんだ! ザックス先輩。いくら天下のソルジャーだからってそんなにブイブイいわせてぇ! 女の敵!」
「なにを〜? ひがみか、このヤロ!」
 俺は笑いながらヘッドロックをかけて、兵士の頭にぐりぐりと拳を押しつける。
「後でぜ〜ったいヒドイ目に遭いますよ! ねぇ、セフィロスさん!」
 兵士の方も、あははと笑いながら憎まれ口をたたく。俺はこうやってふざけあうのが大好きだ。
「………もう少し静かにしてくれないか」
 セフィロスが抑揚のない声で俺たちをたしなめる。
「……あー、はいはい………」
 まったく、気むずかしいヤローだ。

 ふん、別にたくさんの女の子と付き合ったっていいじゃないか。トモダチは多い方がいいに決まってんだからさ。
 俺は憮然として再び窓枠に腰を下ろした。

 俺の故郷のゴンガガは、田舎でのどかで何にもなくて、てんで面白味のないところだった。村を覆い隠すようにジャングルに包まれててさ(あ、逆か。森の中に村をつくってあるんだよな)旅人もヘタすると気付かないまま通り過ぎてしまうかもしれないようなとこにあるんだぜ。……まぁ、ガキの頃は森で遊んだりして、それはそれで結構楽しかったよ。しょっちゅうカエルになって家に帰ったりしたものさ。
 でもまぁ、やっぱりその程度の生活だったんだ。
 だから、俺たちの村に魔晄炉が建てられたときはホントに驚いた。あんなでっかいキカイをどーんとブッ建てることができるなんて、それまでの俺には信じられないことだった。
 魔晄炉のおかげでこの村にもテレビってヤツが映るようになって、俺は始めて目にする世界にわくわくしたものだった。
 子供心に印象に残ったのが、ヒーローものだ。一見平和に見える街にはびこる黒い影。かっこいい主人公が悪の組織に立ち向かって、悪い人造人間どもをバッタバッタとやっつけるんだ。そして捕らわれていたヒロインを助け出して、ふたりの間に愛が芽生えるというわけさ。
 俺は、都会に出てヒーローになるのが夢だった。
 いつかミッドガルに行ってやる、と(危ないから立入禁止になっていた敷地内に忍び込んで)魔晄炉を見上げながら思ったものだった。
 
 そしてある日ソルジャーのことを知ったんだ。俺は思ったね。退屈な日々から抜け出して、夢を叶えるチャンスだ、って。
 いろいろ悩んだけど、結局俺は村を飛び出した。
 ミッドガルに出てきてからも、大変だったんだぜ? ……こんなこと、自慢みたいだから人前では絶対言わないけどさ。
 一般兵として就職して、働きながらソルジャー登用試験の勉強してさ。まっ、3rdにはすぐなれた。もともと素質があったんだろう。
 でも、上位のクラスへの昇格試験が半端じゃなくきつかった。俺も何回か落ちたよ。だから、遊び歩く暇なんかはもちろんのこと、睡眠時間も削って猛勉強したね。そりゃーもう、努力したんだから。……まぁ、もうほとんど忘れちまったけどね。
 だから、その、なんていうかさ。俺としては、失われた青春の時間、ってヤツを取り戻したいワケなんだな。

 そんなことを考えながらぼんやりと外に目をやっていると、ふいに窓から漏れる灯りの下をひとつの影が小走りに駆けていくのに気付いた。
 褐色のテンガロンハットの下でたなびく長い黒髪。
 ベストやショートパンツからすらっと伸びる細い手足。
 薄暗い地面にうつる、小柄な影。

 あの後ろ姿は……。女の子だ!
 間違いない! 俺の目に狂いはない!!

「俺、ちょっと出かけて来まーす!」
 それだけ言い残すと、俺は速攻で部屋を飛び出した。
 

 村の入り口、ニブルヘイムの門に、その少女はいた。埃にまみれたトラックの側で、遠くをぼんやりと見つめている。
「おい、あんた。女の子がこんな所に一人でいちゃ危ないぞ。モンスターが出るかもしれないんだろ?」
 俺が声をかけると、少女はゆっくりと振り向いた。
 大きな褐色の瞳が俺を見上げる。健康的な、かわいい娘だ。15、6歳位だろうか。
 俺は、すかさず隣に腰を下ろす。
「……あなた、もしかして今日やって来たソルジャーさん?」
 少女が尋ねる。声もかわいい。
「ああ、そうだ。……で、こんな時間に何してるんだ?」
「……待ってるの」
 ……待ってる? げっ、もしかしてデートの待ち合わせでもしてるのか、とひやひやしながらも俺は聞き返してみる。彼女の声がもっと聴きたい。
「待ってる、って?」
「2年前に、この村を出てった男の子」

 ん? それってもしかして……。
 俺が眉をピクリと動かしたのにも気付かず、少女は小さく息をついて、続ける。
「ソルジャーになるんだ、って言ってたけど、手紙もなんにも来ないの。ねぇ、あなた知らない? クラウドっていうの。クラウド=ストライフ……」

 やっぱり、な。
 俺は腕を組んで、任務に同行している少年兵の顔を思い浮かべてみた。
 なんだ、アイツ故郷にこーんなカワイイ彼女がいるんじゃないか! そんなの一言も聞いてないぜ? まったく、水くさいったらありゃしない。……しかし、おとなしそーな顔して、やることはしっかりやってるってワケか。か――っ、最近のガキャァ!
 しっかし、俺たちが村に着いて結構時間経ってるってのに、なんでこの娘はクラウドが帰ってること知らないんだ? 
 そういえば……。
 俺は、ニブルヘイムに着いたときのクラウドの行動を振り返ってみた。俺はこういう一見どうでも良さそうな事に関する記憶力は抜群なんだ。
 ……あいつは門に着いたとたんに、あの重くて蒸れて邪魔くさいヘルメットを慌ててかぶってたよな。確か……、門にたたずむ人影に気付いて……?
 ん? そういえば、身を翻して駆け出したあの後ろ姿……。
「あんた、もしかして俺達が村に着いたときも、この辺で待ってなかった?」
 俺は思うところあって、彼女に尋ねてみた。
「えっ? ……うん、そうだけど……?」
 ふーん…、そうか。なるほどね。クラウドはこの子の姿を見て、そーゆー態度を取ったワケか……。
 そんなに会いたくないのかねぇ。もったいないなぁ……じゃなくて、可哀想に……。

「ねぇ、知ってるの? クラウドのこと」
 少女のすがるような眼差しに、俺は一瞬たじろぐ。
「お……おう、ソルジャーっていっても、クラスは何段階かに分かれてるし、人数もけっこういるからな……。よくわからないんだ」
「そう……」
 少女は肩を落としてため息をつく。
「まぁ、そうガッカリしなさんなって! そのうち絶対会えるって! 俺が言うんだから、間違いない!」
「……そうかな……」
 クラウドのことを教えてやりたいのはやまやまだが、本人が会いたくないんじゃ仕方がない。こういうのは、本人の気持ちを尊重するのが一番だ。
 そう判断して、俺はできる範囲で彼女を元気づけてやる。
「そうさ! それよりあんた、名前は? 俺はザックスっていうんだけど」
「……ティファ」

 名前も、かわいいな。
 

2 クラウド

 ニブルヘイムはちっとも変わっていなかった。
 俺の家も、母さんも、給水塔も、………ティファも。いや、ティファはずっとキレイになってたかな……。
 俺、ちゃんと会おうと思ったんだ。思ってたんだよ。
 でも、なつかしいニブルヘイムの門に着いて、突然ティファの姿を見かけてしまったもんだから、俺、どうしていいかわからなくて、つい手に持っていた兵士用のヘルメットをかぶり直してしまった。心の準備が出来てなかったんだ。
 ……ザックスはあきれてたみたいだけど。

 「ソルジャー」。力強さの象徴。
 村に帰ってきてから、一応みんなのところにあいさつに行ったけど、よろず屋の娘のメアリもティファの親父さんも、やっぱり俺に冷たかった。
 村を出る前、俺がケンカばかりしてる問題児だった、って事もあるんだろうけど、きっとみんな俺を嫌ってるんだ。昔からそんな気がしてた。
 母さんは俺が帰った来たこと、本当に喜んでくれてたみたいだった。2年間なんにも連絡よこさなかったことをちょっとだけ怒られたけど。でも、手紙なんか書けるわけないじゃないか。「ソルジャーの試験に落ちました」だなんてさ。
 母さんは俺がソルジャーになれなかったこと気にしてないみたいだったけど。
 でも他のみんなは………。
 言葉には出さないけど、きっと俺をバカにしてる。大見栄きって村を出ていったくせに、こんな下っ端の雑兵として村に戻ってきた俺をバカにしてる。
 でも、母さんの口から、ティファが俺に会いたがってた、俺を心配してくれてた、って聞いたときは本当に嬉しかった。
 俺、ソルジャーにはなれなかったけど、やっぱりティファにはちゃんと会おうと思ったんだ。これからでも、ソルジャーになれるように頑張ってみるって言うつもりだったんだ。
 だけど………。

 満天の星空、月の光の中。
 宿で休んでいるみんなに持ってっておやり、って渡してくれた、母さん特製のクッキーを抱えて村の中央広場を横切ろうとしたとき、俺は見てしまった。
 門の暗がりに、2つの人影。
 ………ティファとザックス。
  俺は、とっさに給水塔の陰に隠れてふたりの様子をうかがった。
 別に隠れる必要なんてないんだけど、体がかってに動いたんだ。気が付いたら、そうしてた。

 何かを、楽しそうに話してる。
  ふとティファがうつむく。
 ザックスがティファの肩に手を置いて声をかける。
 ティファがザックスに向かって微笑みかけてる。

 ………なんか、俺、みじめだ……。
 どうしようもない虚無感が、俺の体を支配してゆく。やり場のない思いに、全身が震える。
 いつだってそうだ。俺は何をやってもダメなんだ。
「ソルジャー」。「憧れ」。「手に入れたくても叶わないもの」。
 あいつは、……ザックスは、今、ティファの隣にいる。
 それにくらべて、俺はどうだ。……こんなところでコソコソして。

 ティファとザックスから発せられてる、見えないバリア。
 その独特の雰囲気に気負われて、必死で忘れようと努力している苦い記憶がまざまざと蘇り、俺の胸を締めつけてくる。

 ――あれは、幼い頃――…。

 俺はひとりだった。友達なんていなかった。
 ……そんなもの、別に欲しくなんかなかった。
 ひとりじゃ何もできない弱い奴らが群れて、くだらないことでバカみたいにゲラゲラ笑って。
 ……俺はこんな奴らとは違う。
 俺は、特別なんだ。
 だから、こんな奴らとツルむ必要なんてないんだ。

 ……――そう、思いたかった。

 ティファ。村の男の子たちのあこがれ。
 少年時代の、淡い初恋。
 まぶしい笑顔を、いつも遠くから見つめていた。
 たどだどしいピアノの旋律を、いつも外で聴いていた。
 話しかける事なんて、……できなかった――。

 俺たちが8歳の時、ティファのお母さんが死んだ。ティファは、ママに会いに行くと言って、険しいニブル山に向かっていった。生きては越えられない山――だったら、この山の向こうにきっとママがいる筈だと…。
 最初は、ミャッケもロイもピピカも、ティファの後をついていってた。…だけど、ニブル山の寒々とした空気、今にも化け物が飛び出してきそうな不気味な雰囲気に、とうとうあいつらは耐えられなくなって、次々に引き返していった。
 ……もちろん、俺も怖くてたまらなかったけど……。
 だけど、あいつらみたいにティファを置いて帰ることなんてできなかった。かといって、ティファの気持ちを考えると、声をかけることなんてできなかったんだ。……ただ黙って、ティファの後を必死に追いかけていった。

 気が付いたら、家のベッドの上だった。
 崖から足を踏み外して、ティファは7日間意識不明だった。

 村の大人たちは、俺がティファをたぶらかして山に連れ込んだんだと決めつけた。
 俺は何も言わなかった。言っても無駄だと思った。
 大人は何もわかっちゃくれない。

 俺はその事件をきっかけに荒れていった。
 くやしかった。腹立たしかった。
 大人たちが、世間が、ティファを守れなかった自分の弱さが。
 俺は事あるごとにケンカをふっかけていった。
 
 強くなりたい。

 そんな時に、セフィロスの存在を知ったんだ。
 はるか遠くの国で行われている戦争。そこでものすごい活躍をみせている、ソルジャーの中のソルジャー。
 俺も、あんなふうになれれば……。セフィロスみたいなソルジャーになれれば、きっと……!
 ケンカには自信がある。ミッドガルに行ってソルジャーになろう……! 

 俺は希望に溢れていた。……けれど――…。
 初めて母さんの庇護を離れ、外の世界を知り――…。いろんな意味で、打ちのめされた。
 強いつもり、特別なつもりでいた俺。
 だけど、現実は――…。

 給水塔の陰で息を潜めている「一般兵」の俺。
 和やかにティファと談笑を続ける「ソルジャー」ザックス。

 知らず、握りしめた拳に力が入る。
 そうだよ。俺はソルジャーなんかじゃないんだ。こんな俺じゃ、ティファが受け入れてくれるわけないじゃないか。こんな俺が会いに行ったって、冷ややかな目でみられるだけに決まってるじゃないか……。
 気持ちだけが空回りして、俺、バカみたいだ………。
 

 「ザックス先輩! 明日は早いのでそろそろ戻って就寝するようにとセフィロスさんが言っていたであります!」

 気が付くと、俺はそう叫んでいた。
 村に着いたときと同じように、ヘルメットを深くかぶって。

「えーッ、もう? まだ早すぎるんじゃないのか?」
 ザックスが大きく振り返り、不満の声を漏らす。 
「……でもセフィロスの命令じゃあ、しょうがないか………」

 俺、ヤな奴だ。
 こんなことしたって何にもならないのに………。

「じゃあ、私ももう家に帰るね。あんまり遅いとパパに叱られちゃう」
「そうか。残念だな」
 ティファが、俺の横を駆けていった。
 もちろん、俺なんかには気付かない。
「おやすみなさい! 明日、がんばってね!」
 後ろから、ティファの声。
 ザックスが、満面の笑みを浮かべて大きく手を振る。
「おう、ティファちゃん、またな。今度いっしょに茶でも飲もうぜ」

 ………サイテーだ。

 街灯に照らされて、むき出しの地面にふたつの影がのびる。
  ザックスの長い影。その後を追うようについていく小さい影が、……俺だ。

 ……もう少し背が高ければ。もっと力が強ければ。……もっと頭が良ければ。俺だって、きっとソルジャーになって、……そうすれば、そうすればみんなも俺のこと………。

「なぁ、クラウド」
 突然呼び止められて、俺はちょっとドキリとしながらザックスを見上げる。
「な……なに?」
「おまえなー、俺しかいない時はあんな軍人調のしゃべりかたすんな、って言ってるだろー? ……ガラじゃねーんだから」
「………ごめん」
「別にあやまられても困るんだけどよー……」

 ザックスは、いい奴だ。ソルジャーの中にはいばり散らしてふんぞり返ってる奴もけっこう多いんだけど、ザックスは全然そんなことなくて、俺みたいな下級兵士にも気さくに話しかけてくれる。
「なぁ、クラウド」
  ザックスがその長身を折り曲げて、俺の顔を下からのぞき込む。
「なんであの子に会ってやらないんだ?」
「……………」
 俺はなんて答えていいかわからずに黙り込んでしまう。夜特有の張りつめたような空気に、虫の声だけがかすかに響いている。
 俺は本当にどうしていいかわからなくて、ザックスから目をそらした。
 そんな俺の様子に、ザックスは肩をすくめてみせる。
「……ま、別にいいけどな」

 くるりと背を向けてザックスは歩き出した。そのたくましい後ろ姿、自信に満ち溢れた振る舞いを見せつけられて、俺は知らず唇をかみしめる。

  ………ザックスが、いたからじゃないか………。

「おーい、早く来いよ! カゼでもひいたら大変だぞ」
 宿屋の入り口に立って、ザックスが俺に向かって大きく手を振っている。逆光で、表情はよくわからない。

 ………あんたが、ソルジャーだからじゃないか………。
 どのツラ下げて、会いにいけっていうんだ………。
 

3 ティファ

 こんな時間に待ってても、クラウドが来るわけないのはわかってる。
 でも、信じたいじゃない。
  任務でソルジャーがこの村にやってくる、って知ったら。
 もしかしたら後から1人だけ遅れてくるのかもしれないって、思いたいじゃない。

 満天の星空。
 こぼれ落ちてきそうなほどの星空。

 ……クラウドも、どこかでこの空見てるのかな………。
 元気に、してるかな。
  クラウドが来るかもしれないと思って、明日の魔晄炉へのガイド、申し出てたのに。………ムダになっちゃったね。
  ……そうでもないか。
 さっきの人、……ザックスっていったっけ?  あの人にもうちょっと詳しく話きいてみようかな。そして、ミッドガルに帰って、もしクラウドに会うようなことがあったら、連絡くれるように伝えてもらうの。
 あ、でもミッドガルって、ニブルヘイムとは比べものにならないくらい大きな街なんだよね……。人もいっぱいいて、探しだすのは大変なのかもしれないのか……。
 新聞にあふれる活字の中にクラウドを探して、もう2年になるんだね。クラウドが、ソルジャーになるんだ、ミッドガルへ行くんだ、ってこの村を出ていってから2年になるんだね。
 私のことなんて忘れちゃってるのかな、やっぱり。

「ただいま……」
 家に帰るなり、パパにこっぴどく叱られた。
「ティファ! また夜中に出歩いて! モンスター騒ぎで危ないときだってわかってるんだろう?」
「大丈夫よ、パパ。別に村の外に出てるわけじゃないし、……ちょっとした気分転換なんだから」
 クラウドを待ってた、ってことは言わない。だってパパ、クラウドのこと嫌ってるみたいなんだもん。
「………隣の馬鹿息子か」
 バレてる。……やっぱり、娘の考えてることってわかっちゃうもんなのかな。

「……うん、クラウド、帰ってこないのかな、と思って……。今日きたソルジャーさん達の中にクラウドいなかったから、ちょっと心配してただけ」
 私のその言葉にパパは怪訝そうな顔をしてたけど、私がその様子に首を傾げたのに気づくと、ふん、と鼻を鳴らして腕組みをした。
「そうか……。でもな、ティファ。あいつはこの村に戻って来やしないさ! どうせソルジャーになることが出来なくて、合わせる顔がないんだろうよ!」
「ひどい、パパ! どうしてそんなこと言うの!」
 パパは何でだか知らないけど、クラウドのことをすごく目の敵にしてる。
 パパのことは大好きだけど、こんなこと言うときのパパは嫌い!
 私はおもいっきりパパをにらみつけてみせる。

「………ティファ。パパはおまえのことが心配なんだよ」
 そんな私をなだめるように、パパは私の肩にそっと手を置いてゆっくりと話し出した。パパの瞳に、私の顔がうつっている。
「あんな奴とかかわったって、なんにも良いことはないんだぞ。あんな奴のことは、忘れてしまうのが一番だ」
「…………」
 なんでパパは、クラウドのことそんなに悪く言うの?
「今はまだ、パパの言うことが良くわからないのかもしれんが、きっとわかるときが来るから。……ティファは、パパの言うことを信じてれば良いんだよ」
  ………わかんないよ。わかりたくもないよ。
 クラウドが、パパに何かしたっていうの? パパは、クラウドのなにが気に入らないの?
 …………わかんないよ…………。

「さあ、明日は早いんだろう? もう休みなさい」
「………パパ」
「本当はガイドなんて危険なことはやめて欲しかったんだが……。まぁ、仕方ないだろう。おまえは言い出したらきかないからな」
 パパは、なんだかんだ言っても私の意見も尊重してくれてる。私がガイドを申し出たときも、ザンガン師匠から格闘術を習いたいと言い出したときも、最初はかなりしぶってた。でも、正当な理由と根拠を伝えれば、明らかに間違ったことを主張しない限り、ちゃんと認めてくれる。

 格闘術を学びたかったのは、この村にもしものことがあったとき、自分の力でみんなを、そして自分の身を護ることが出来るようにするため。男の子たちはみんな都会に出てしまっているから。ガイドを申し出たのは、それをこなすだけの力ぐらいは身についてると判断したから。もし、村の大人がガイドについたとして、そのときに村をモンスターが襲ったら、みんなを守るために戦う大人が減ってしまうことになるから。

「まあ、ソルジャー……、英雄セフィロスがついているから大丈夫だとは思うが、くれぐれも気を付けること。いいね?」
「うん……ありがとう、パパ」
 こんなパパだから、村のまとめ役を務められるんだよね。………だから、きっとクラウドのこともわかってもらえるって信じてる。仮に、クラウドが村の掟を破ったことがあったんだとしても、それはもう過去のことだって許してくれるはずだよね。パパはそんなに心の狭い人間じゃないって信じてるもん。
「じゃあ、パパ、おやすみなさい」

 2階の自分の部屋にあがって、パジャマに着替える。
 そして私は、カーテンを閉めるために窓辺に歩み寄った。
 あの夜と同じように、無数の星たちがきらきらと瞬いている。いつか雑誌で見た、ミッドガルのイルミネーションのように。宝石箱をひっくり返したかのように。
 私は、クロゼットの中の真新しい服を思い浮かべて、軽くため息をついた。

 ……せっかく、新しく買ったのにな。すみれ色の、ちょっとお洒落なワンピース。それを着て、またあのときみたいにお話しできたらな、って思ってたのに……。

 あの夜、突然呼び出されて、私びっくりしたんだよ。それまで、あんまりお話したことなかったから。……家は、隣同士だったのにね。
「俺、春になったらミッドガルへ行くよ」
 そう言ったのは、秋も深まりかけたある日のことだったね。ソルジャーになるって力強く言ったあなたの瞳は、空に散らばる星たちみたいに輝いてた。
 それから、少しづつ仲良くなっていったんだよね。
 ひと冬のあいだ、いろんなことをお話した。
 だから、クラウドが旅立つ日、私ちょっぴり悲しかったんだよ? またひとり、お友達が遠いところへ行ってしまうから。

 逢えなくなって、時が経てばたつほどクラウドとの思い出ばかりがふくらんでく。
 ソルジャーには、なれたの?
 元気で、やってるの?
 もう一度、逢いたいね……。

 ねぇ、クラウド。
 格闘術も、ガイドも、いろいろ理由を付けてパパに許してもらったけど、本当の理由は、もっと別のところにあるんだよ?

 ねぇ、クラウド。
 ホントに、今、どこにいるの?
 手紙くらいくれたっていいじゃない……。

 クラウドの、ばか……。
 

4 セフィロス

 オレは一人になりたくて、やたらと騒がしい兵士を残し、廊下に出た。
 通路の北側の大きな窓に、夜のとばりに包まれた風景が映し出されている。

 故郷、か………。
 オレは、ふと今回のミッションに同行した、まだ幼い兵士のことを思い浮かべてみた。
 ガラスのプライドの中に儚い脆さを抱えていることをオレにたやすく見抜かせてしまう、碧く大きな瞳が印象的な少年。
 彼は今、たった一人の肉親、母親の元へと戻っている。

 母親。

 オレはそのぬくもりを知らない。
 物心がつく前から神羅の研究施設の中で育ってきたオレは、本当の親のことを殆どと言っていいほど知らない。
 育ての親――……ガスト博士は、本当に素晴らしい人だった。
 その科学的センス、ひらめき、豊かな想像力。
 オレはガスト博士を尊敬している。

 だが、博士はもうこの世にいない。

 オレは再び窓を見やった。
 長き時を重ね、大地に深く根を下ろす針葉樹。重々しさを漂わせる古びた洋館。
 ひんやりとした窓ガラスに、オレの姿が淡く映し出され、その風景に重なる。

 どうしてだろう。
 この村には初めて来た筈なのに、この景色を知っている……というより、なぜだか懐かしい気がする。
 文献で見たというのではなく、心の奥深くに刷り込まれているかのような感覚に襲われるのだ。
 故郷。生まれ育った地。帰るべき場所。
 あの少年は、今、どのような思いでこの地にいるのだろうか。どのような思いで母親との時間を過ごしているのだろうか。
 
 さまざまに思いを巡らせているところに、例のソルジャーが騒々しく帰ってきた。
「ソルジャークラス1stのザックス、ただいま帰りましたー! おっ、なに見てんだぁー? かわいい娘でもいるのかぁー?」

 ……どうも、こういうタイプの人間は苦手だ。

 この男についての話は、オレもたまに耳にする。かなりの女好きらしい。実際オレもこの男が、妙にくるくると巻いたやたらと重たそうな髪型をした花売りに鼻の下を伸ばしているところを目撃したことがある。
 オレは、女という生き物がどうも好きになれない。
 あいつらは、得てしてオレの名声を目当てに群がってくる。少し優しくすればすぐにつけ上がり傲慢になる。面倒なので相手にしないでいると、冷たいとすすり泣くか、わめき散らす。
 どうやらあいつらは、世界が自分を中心にまわっていると思いこんでいるらしい。それでいて寄生虫のようにべったりとまとわりつき、自分の力で生きようとしない。実にやっかいな存在だ。
 ……かといって、オレは別に男が好きというわけでもないが。

「おまえと一緒にするな。外を見ているだけだ。」
「……あの屋敷ですか?」
 いつの間にか、碧い瞳の少年が、隣でためらいがちにオレを見上げていた。
「ああ、そうだ。」
「あれは、神羅屋敷って呼ばれてるんです」
「神羅屋敷?」
 事前に目を通していた資料にあの洋館のことは書かれていたが、オレは少年に聞き返した。
「はい。なんでも、昔、神羅関係の人たちが使っていたらしくて……。でも、俺が生まれる前から………あっ、16年以上前からずっと空き家になってるんです。俺たちはずっとオバケ屋敷って呼んでました」
 一生懸命説明しようとする少年の姿がほほえましくて、オレは口元を緩ませる。
「おー、俺もそのハナシ、さっきティファちゃんから聞いたぜ!」
 無神経なソルジャーが少年の話を中断させる。
 忌々しさに舌打ちしたい心を抑えて、奴に皮肉めいた言葉を浴びせてみせた。
「ザックス……。そういえば、今日はおまえにしては随分と早すぎる帰りだったんじゃないか……?」
「え……? だってあんたが……」
 奴はしばらく豆鉄砲でも喰らったような顔をしていたが、突然くるりと少年の方に向き直り、含み笑いを漏らした。
「………ふっふっふ、クラウド〜。この、ヤキモチ妬きさんめッ!」
 ソルジャーは、もがく少年を脇に抱えて部屋の中へと入っていった。
 

 紅茶の芳醇な香りがティーポッドから立ちこめる。
 少年が持ってきた菓子は、口当たりが良く程良い甘さで、実に悪くない代物だった。オレは、これが母親の味というものなのか、と密かに感銘を受ける。
「クラウド」
 オレに名前を呼ばれた事がにわかには信じられない様子だったが、少年は慌てて返事を返してきた。
「な、なんですか?」
「このミッションが終われば、すぐにジュノンに帰らねばならないんだろう? いいのか?」
「え?」
「母親の元に……、故郷に残りたいとは思わないのか?」
「え、ええ……」
 少年は俯いて、しばし言葉を飲み込む。
「でも、俺はソルジャーになりたいんです。……強くなって、ソルジャーになって、大切なものを守れるようになりたいんです」

 守る、か………。
 その偽善的な、欺瞞に満ちた単語に、オレは自嘲的な笑みを浮かべてしまう。だが、少年の気持ちも解らないではない。
 他人を信じて他人のために努力し、他人のために行動する。そうしてさえいれば相手との幸福な関係が持続できるはずだと微塵の疑いもなく信じることのみに捕らわれる……。
 未だ世間に汚されていない純粋な心を持っているからこそ、本気でそういう言葉が出てくるのだろう。
 けれど現実はそうもいかないものだ。
 オレを育ててくれたガスト博士。ある日博士は、突然オレの前から姿を消した。オレがまだ幼かった頃のことだ。
 研究所の職員たちは、博士が実験サンプルの古代種の女と逃亡したのだと噂していた。
 オレは信じなかった。
 博士がオレを捨てて出ていくわけがない。
博士は必ず帰ってきてくれるはずだ。

 けれど――…。

 数年後、研究所に帰ってきたのは古代種の女と、その女の赤ん坊だけだった。
 ふたりを連れ帰った宝条に聞いても、博士は死んだという答えしか返ってこなかった。
 …――現実は所詮こんなものなのだ。
 博士がオレを捨てて古代種の女を選んだことが真実。オレは、博士といつまでも一緒に過ごしたくて、研究所での煩わしいデータ採取やつらい実験も我慢していたというのに……。
 

 しかし少年がその胸に抱いている希望の芽を、わざわざ摘み取ってしまうこともなかろうと思い直し、励ましの言葉をかけてやると、少年の顔がふっとほころぶ。
「ありがとうございます……! でも、俺、自信なくて……」

 ひかえめで素直な少年の反応に、はがゆさと庇護欲が掻き立てられる。
「誰でも初めはそんなものだろう。自信を持って頑張ることだ」
「そうだぜぇ?」
 また、ソルジャーが口を挟む。
「自信と信念が一番大事! それさえありゃ、ソルジャーなんて、あっ! と言う間になれるもんだぜ?」
 少年は訝しげな表情で黙りこくっている。

 まぁ、神経の図太い奴ではあるが、言っている事はあながち間違ってはいない。ソルジャーには意志の強さ、強固な精神力が要求される。
 今の少年の様子では、彼が夢を叶えるのは少々難しいだろう。

「な〜んかセフィロスさんって、やたらとクラウドにかまってますよね〜」
 馴れ馴れしい兵士が、口のまわりに菓子くずを付けたまま話しかけてきた。
「……そんなことはない、普通だ」
「え〜っ、そんなことありますよ〜! な〜んか2人の間だけ空気が違うよ〜な感じしますもん! もうラヴラヴってカンジ」
 ……まったく、こいつはくだらない事ばかり言う……。
 軽く眉を寄せて一瞥してみるが、へらへらと笑いかけてくるのみだった。……こいつは、こういうことばかり考えて生きているんだろうか。精神構造がまったく理解できない。
「ちぇ〜、くやしいな〜。おれってばジェラシー感じちゃう」
「よせ、そういう冗談は嫌いだ」
 それ以前に、こんな奴を同行させるなんて人事課はいったい何を考えているんだか。

 それにしても、こういう立場は本当に疲れる。
 ミッションを上手くこなして当たり前、同行者に死傷者でも出れば人非人呼ばわり。様々なタイプの人間を管理し、血気盛んなソルジャー達をまとめあげるのは決して楽な仕事とは言えない。
 ……まぁ、それくらいの方がやり甲斐があるという考え方もあるが。
 

「さあ、そろそろ本当に休んだ方がいいな」
 柱時計が時を告げたので、オレはそう切り出した。
「えっ、まだ10時じゃないか。もう少しくらいいいだろ?」
 黒髪の男が口を尖らせる。
「明日のミッションに差し支えるといけない」
 オレがそう返すと、兵士が尋ねてきた。
「もしかして……セフィロスさんって、いつもこんな健康的な生活を送ってるんですか?」
「健康的? ……別に普通だろう」
 それを聞いて、ソルジャーが大きく息をつく。
「何言ってんだよ、こんな時間に寝るのは年寄りとガキくらいのモンだぜ?」
「……そういうものなのか?」
 他人の生活習慣など殆ど気にした事が無かったので、オレはそう切り返した。
 考えてみれば今までのミッションでは、オレにはいつも個室があてがわれていた為、他のメンバーと就寝を共にするのはこれが初めての事になる。
「でも、明日は早いし……。ちょうどいいと思うけど……」
 碧眼の少年がためらいがちに意見すると、ソルジャーが彼の整髪料で固められた髪を指で弾きながらにやけた。
「クラウドは時間かかるもんな! この頭!」
「そうそう、こいつ少しでも背を高く見せようとしてそんな頭してんですよ〜」
 同僚にまでからかわれて、少年はふくれながら席を立つ。
 おそらく、本人もそれなりに気にしているのだろう。

 部屋の寝台は三人分しか無いので、少年は自分の家に帰ることになった。
「クラウド、クッキー、ホントにうまかったぜ!」
 黒髪の男が、別れ際に菓子の感想を述べる。
「そうだな」
 紛れもない事実なので、オレも同意を示す。
「また、食いたいな〜」
 ソルジャーがさりげなく我が儘を漏らすと、少年は母親に伝えておくと言って、部屋を後にした。

 
 夜中に、ふと目が覚めた。
 無理もない。オレの隣で眠っている男の鼾がうるさすぎるのだ。

 オレは身を起こし、寝台から半分ずり落ちかかっている布団を直してやった。
 ……まったく、風邪でもひいたらどうするつもりなんだ。
 この男は、未だにソルジャーとしての自覚が足りないな。健康管理を怠っては、こなせるミッションもこなせなくなってしまう。
 オレは、軽く息をつき、薄暗い室内を見回した。
 机上にゆうべの菓子が2つ3つ残っているのに気づく。少年の母親の手作りの菓子。オレの知らない、ひとつの絆。

「――母親、か……」

 オレは少年が羨ましいのだろうか。
 ……そんな事はない。オレがそういうくだらない感情を持っている訳がない。
 しかしながら、言葉では言い表せない複雑な思いが、オレの胸中で渦巻いている。
 この地に足を踏み入れてからの違和感だらけの自分に少しばかりの戸惑いを感じながら、オレはそう呟いていた。
 

エピローグ

 霧に包まれたニブルの山嶺を、昇り来る太陽が朝焼け色に染め上げてゆく。
 ひんやりと冷たい大気が、村の重厚感を際立たせる。
 調査隊は、朝食もそこそこに集合場所である古びた洋館の前に足を運んだ。比較的早い時間帯ではあったのだが、伝説の英雄の姿を一目見てみたいという者達で少しばかりの人だかりが出来ていた。
 注意事項を再確認しながら、あらかじめ手配しておいたガイドの到着を待つ。
 現在ニブル山に棲息しているモンスターは凶暴なものが多く、小さな油断が命取りになる恐れがある。ソルジャーが同行するからと言っても、決して安全が保障されている訳ではない。兵士達が細心の注意を払う事も、また要求される。いざという時、自分の身は自分で守らねばならないのだ。
 しばらくして、ガイドが到着した。その姿を見て、若いソルジャーが驚きの声を上げる。ガイドは彼の知った人物だった。

 出発する直前、村人にせがまれて彼らは写真を一枚撮った。
 ガイドの少女とソルジャーふたりの記念撮影。
 この写真が、後に物語の重要な鍵を握ることとなってゆくのである……。

 これから待ち受けるさだめを予期する筈もなく、男達と少女は魔晄炉へと歩みを進める。壮絶な運命の歯車がすでに動き出していることを彼らは知らない。

 そしてまた、それを回避する術すら存在しないことも――……。
 

END
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