ひんやりと澄んだ大気にそびえ立つ険しい山々。《生きては越えられない山》。地元の者にさえそう言わしめるほど複雑に入り組んだ洞窟を持つ、神秘の霊峰ニブル山脈。 そのふもとに位置する小さな村、ニブルヘイムに、今、神羅カンパニーから派遣された魔晄炉調査隊が到着した。 魔晄炉。それは、大地に脈々と流れる『魔晄エネルギー』を汲み上げるための施設である。魔晄とは、数十年前に神羅カンパニーの前身、神羅製作所によって発見された新世代のエネルギー源である。従来まで利用されてきた化石燃料などとは比べものにならないほど、効率よく電気などの実用的なエネルギーに変換することが可能であり、こんにちの科学技術の発展は、この魔晄の恩寵によるものであると言い切ることができよう。
ニブル旧式魔晄炉が異常動作を起こし、かつ凶暴な動物が発生しているという報告を受け、神羅のトップソルジャー率いる調査隊がここに向かうことになったのだ。
一方村では、2年前に村を飛び出した少年の安否を気づかう一人の少女がいた。
ひっそりとしたたたずまいのニブルヘイム。その静寂を際立たすかのように、長靴の奏でる乾いた旋律がかすかに広場にこだまする。
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「どーも、つまらないもんだねぇ……」 俺は窓から見える景色をぼんやりと眺めながらつぶやいた。 ……景色、っていっても別になにか珍しいものが見えるわけでもない。村のまんなかにぼかっと建ってるタンクみたいなもんを取り囲むように並んでる家並み。 ただ、それだけ。 ひとっこ一人いやしない。ハッキリ言えば、イナカなんだな。……ま、俺の故郷のゴンガガも似たよーなもんだったけどね。 狭いトラックにゴトゴト揺られてやっとこの村に着いたのが、えーと、夕方だったろ? それから荷物を整理して、メシも食って………。あたりもすっかり暗くなってさ、フラッと遊びに行くにはちょーどいい時間、なのによー……。 この村の人間はめったに家から出て来やしない。 ……まぁ、モンスター騒ぎの最中なんだから、仕方ねーか。そのために俺たちここに来てんだもんな。 でもよー、こんな何かイイ事がありそうな時間に、ヤローばっか3人、何をするでもなく宿屋にこもってよー……。なんか、虚しくねーか? ……クラウドにこの村、案内してもらおうかとも思ってたけど、あいつは今、家で母親に甘えてる頃だろう。村に戻るの久し振りだって言ってたからな。 それに、どうやら案内してもらうような所もなさそうだ。娯楽施設らしきものは、ハッキリ言って、ない。 「あーあ、なんで酒場がないんだ! 女の子との出会いがないんだ! これが遠征の一番の楽しみだってのによ!」
「おまえもそう思うだろー?」
ふん、別にたくさんの女の子と付き合ったっていいじゃないか。トモダチは多い方がいいに決まってんだからさ。
俺の故郷のゴンガガは、田舎でのどかで何にもなくて、てんで面白味のないところだった。村を覆い隠すようにジャングルに包まれててさ(あ、逆か。森の中に村をつくってあるんだよな)旅人もヘタすると気付かないまま通り過ぎてしまうかもしれないようなとこにあるんだぜ。……まぁ、ガキの頃は森で遊んだりして、それはそれで結構楽しかったよ。しょっちゅうカエルになって家に帰ったりしたものさ。
そんなことを考えながらぼんやりと外に目をやっていると、ふいに窓から漏れる灯りの下をひとつの影が小走りに駆けていくのに気付いた。
あの後ろ姿は……。女の子だ!
「俺、ちょっと出かけて来まーす!」
村の入り口、ニブルヘイムの門に、その少女はいた。埃にまみれたトラックの側で、遠くをぼんやりと見つめている。
ん? それってもしかして……。
やっぱり、な。
「ねぇ、知ってるの? クラウドのこと」
名前も、かわいいな。
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ニブルヘイムはちっとも変わっていなかった。 俺の家も、母さんも、給水塔も、………ティファも。いや、ティファはずっとキレイになってたかな……。 俺、ちゃんと会おうと思ったんだ。思ってたんだよ。 でも、なつかしいニブルヘイムの門に着いて、突然ティファの姿を見かけてしまったもんだから、俺、どうしていいかわからなくて、つい手に持っていた兵士用のヘルメットをかぶり直してしまった。心の準備が出来てなかったんだ。 ……ザックスはあきれてたみたいだけど。 「ソルジャー」。力強さの象徴。
満天の星空、月の光の中。
何かを、楽しそうに話してる。
………なんか、俺、みじめだ……。
ティファとザックスから発せられてる、見えないバリア。
――あれは、幼い頃――…。 俺はひとりだった。友達なんていなかった。
……――そう、思いたかった。 ティファ。村の男の子たちのあこがれ。
俺たちが8歳の時、ティファのお母さんが死んだ。ティファは、ママに会いに行くと言って、険しいニブル山に向かっていった。生きては越えられない山――だったら、この山の向こうにきっとママがいる筈だと…。
気が付いたら、家のベッドの上だった。
村の大人たちは、俺がティファをたぶらかして山に連れ込んだんだと決めつけた。
俺はその事件をきっかけに荒れていった。
そんな時に、セフィロスの存在を知ったんだ。
俺は希望に溢れていた。……けれど――…。
給水塔の陰で息を潜めている「一般兵」の俺。
知らず、握りしめた拳に力が入る。
「ザックス先輩! 明日は早いのでそろそろ戻って就寝するようにとセフィロスさんが言っていたであります!」 気が付くと、俺はそう叫んでいた。
「えーッ、もう? まだ早すぎるんじゃないのか?」
俺、ヤな奴だ。
「じゃあ、私ももう家に帰るね。あんまり遅いとパパに叱られちゃう」
………サイテーだ。 街灯に照らされて、むき出しの地面にふたつの影がのびる。
……もう少し背が高ければ。もっと力が強ければ。……もっと頭が良ければ。俺だって、きっとソルジャーになって、……そうすれば、そうすればみんなも俺のこと………。 「なぁ、クラウド」
ザックスは、いい奴だ。ソルジャーの中にはいばり散らしてふんぞり返ってる奴もけっこう多いんだけど、ザックスは全然そんなことなくて、俺みたいな下級兵士にも気さくに話しかけてくれる。
くるりと背を向けてザックスは歩き出した。そのたくましい後ろ姿、自信に満ち溢れた振る舞いを見せつけられて、俺は知らず唇をかみしめる。 ………ザックスが、いたからじゃないか………。 「おーい、早く来いよ! カゼでもひいたら大変だぞ」
………あんたが、ソルジャーだからじゃないか………。
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こんな時間に待ってても、クラウドが来るわけないのはわかってる。 でも、信じたいじゃない。 任務でソルジャーがこの村にやってくる、って知ったら。 もしかしたら後から1人だけ遅れてくるのかもしれないって、思いたいじゃない。 満天の星空。
……クラウドも、どこかでこの空見てるのかな………。
「ただいま……」
「……うん、クラウド、帰ってこないのかな、と思って……。今日きたソルジャーさん達の中にクラウドいなかったから、ちょっと心配してただけ」
「………ティファ。パパはおまえのことが心配なんだよ」
「さあ、明日は早いんだろう? もう休みなさい」
格闘術を学びたかったのは、この村にもしものことがあったとき、自分の力でみんなを、そして自分の身を護ることが出来るようにするため。男の子たちはみんな都会に出てしまっているから。ガイドを申し出たのは、それをこなすだけの力ぐらいは身についてると判断したから。もし、村の大人がガイドについたとして、そのときに村をモンスターが襲ったら、みんなを守るために戦う大人が減ってしまうことになるから。 「まあ、ソルジャー……、英雄セフィロスがついているから大丈夫だとは思うが、くれぐれも気を付けること。いいね?」
2階の自分の部屋にあがって、パジャマに着替える。
……せっかく、新しく買ったのにな。すみれ色の、ちょっとお洒落なワンピース。それを着て、またあのときみたいにお話しできたらな、って思ってたのに……。 あの夜、突然呼び出されて、私びっくりしたんだよ。それまで、あんまりお話したことなかったから。……家は、隣同士だったのにね。
逢えなくなって、時が経てばたつほどクラウドとの思い出ばかりがふくらんでく。
ねぇ、クラウド。
ねぇ、クラウド。
クラウドの、ばか……。
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オレは一人になりたくて、やたらと騒がしい兵士を残し、廊下に出た。 通路の北側の大きな窓に、夜のとばりに包まれた風景が映し出されている。 故郷、か………。
母親。 オレはそのぬくもりを知らない。
だが、博士はもうこの世にいない。 オレは再び窓を見やった。
どうしてだろう。
……どうも、こういうタイプの人間は苦手だ。 この男についての話は、オレもたまに耳にする。かなりの女好きらしい。実際オレもこの男が、妙にくるくると巻いたやたらと重たそうな髪型をした花売りに鼻の下を伸ばしているところを目撃したことがある。
「おまえと一緒にするな。外を見ているだけだ。」
紅茶の芳醇な香りがティーポッドから立ちこめる。
守る、か………。
けれど――…。 数年後、研究所に帰ってきたのは古代種の女と、その女の赤ん坊だけだった。
しかし少年がその胸に抱いている希望の芽を、わざわざ摘み取ってしまうこともなかろうと思い直し、励ましの言葉をかけてやると、少年の顔がふっとほころぶ。
ひかえめで素直な少年の反応に、はがゆさと庇護欲が掻き立てられる。
まぁ、神経の図太い奴ではあるが、言っている事はあながち間違ってはいない。ソルジャーには意志の強さ、強固な精神力が要求される。
「な〜んかセフィロスさんって、やたらとクラウドにかまってますよね〜」
それにしても、こういう立場は本当に疲れる。
「さあ、そろそろ本当に休んだ方がいいな」
部屋の寝台は三人分しか無いので、少年は自分の家に帰ることになった。
オレは身を起こし、寝台から半分ずり落ちかかっている布団を直してやった。
「――母親、か……」 オレは少年が羨ましいのだろうか。
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霧に包まれたニブルの山嶺を、昇り来る太陽が朝焼け色に染め上げてゆく。 ひんやりと冷たい大気が、村の重厚感を際立たせる。 調査隊は、朝食もそこそこに集合場所である古びた洋館の前に足を運んだ。比較的早い時間帯ではあったのだが、伝説の英雄の姿を一目見てみたいという者達で少しばかりの人だかりが出来ていた。 注意事項を再確認しながら、あらかじめ手配しておいたガイドの到着を待つ。 現在ニブル山に棲息しているモンスターは凶暴なものが多く、小さな油断が命取りになる恐れがある。ソルジャーが同行するからと言っても、決して安全が保障されている訳ではない。兵士達が細心の注意を払う事も、また要求される。いざという時、自分の身は自分で守らねばならないのだ。 しばらくして、ガイドが到着した。その姿を見て、若いソルジャーが驚きの声を上げる。ガイドは彼の知った人物だった。 出発する直前、村人にせがまれて彼らは写真を一枚撮った。
これから待ち受けるさだめを予期する筈もなく、男達と少女は魔晄炉へと歩みを進める。壮絶な運命の歯車がすでに動き出していることを彼らは知らない。 そしてまた、それを回避する術すら存在しないことも――……。
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