宵闇の向こう側

 茜色に燃える地平線を、セリスはただ見つめていた。
 向かい風に煽られて頬をたたく前髪を、無造作にかきあげる。
 耳元では、風がごうごうと唸り声をあげている。

 飛空挺、ファルコン号。
 ――大地から蘇った希望の翼。

 セリスは、その甲板にひとりたたずんでいた。
 大空を駆ける疾速の船は、変わり果てた大地をセリスにまざまざと見せつける。徒歩での移動時は、地形がかわってしまっていることなど殆ど気付かなかった。
 自分が知っていた地図と、今の世界はあまりにもかけ離れていたのだ。

 焼けこげた、一面の森。
 草さえ生えぬ、荒れた平原。
 破壊された、建造物たち。

 そして、遙かかなたにかすむ“がれきの塔”――。

 以前、そのふもとを通過したことがある。
 泥やら木材やら金属片やら、ありとあらゆるものが混在した外壁は、ひどくごつごつしており異様な色彩をしていた。
 それが、はるか上方へとどこまでも伸びていた。下から見上げたそれは、あまりにも恐ろしく、すさまじい威圧感をたたえたものだった。

 なにが“裁き”よ。
 セリスはひとりつぶやく。

 もうみんな死んでしまったかと思っていた。
 なにもかも、終わりだと思っていた。

 でも、生きてた。
 エドガーは、マッシュは、セッツァーは。

 …あなたも、生きてるよね?
 生きてるわよね?
 生きているはずよね!?
 

 セリスは、懐から一枚の布きれを取りだした。
 すり切れたそれの色彩は、深い青。

 ――生きていると、信じている。
 けれど、この胸の不安はどうしても拭い去れない。
 セリスは、バンダナをきつく握りしめたまま抱きしめた。
 しらず瞳の奥が、じわりと熱く滲む。

(泣かない!あの人に逢うまでは、決して泣かない!!)

 自分に言い聞かせ、セリスはぎゅっと目をつぶる。
 瞳の端からこぼれ落ちた小さな雫は、風に煽られ大空へと散った。

「セリス」
 突然におのれの名を呼ばれ、セリスはびくりと身を竦ませる。
 あわててバンダナを懐にしまい、振り向く。
「…エドガー」
 いったい、いつからいたのだろうか。
「なによ、いるのなら声くらいかけなさいよ!」
「哀愁にひたる君があまりにも美しくてね。見とれていたんだ」
 エドガーは羽織っていたガウンをセリスにかけてやろうとしたが、セリスは結構よ、と拒否した。エドガーは懲りずに、なおも称讃の句を並べ立てる。
「まるで絵画から抜け出たヴィーナス、嘆きの女神だ」
 しかし、セリスの表情はみるみる険しくなってゆく。

「…いいかげんにしないと、斬るわよ?」
 セリスはついに、剣の柄に手をかけた。
「おぉ、恐。レディはご機嫌ななめのようだ」
 首をすくめてみせるエドガーに、セリスは冷たい一瞥をくれてやる。
 女とみるとすぐ口説こうとする彼の性分が、セリスは前々から気に入らなかった。人を見透かしたような、飄々とした態度も気に障った。

「で、なんなのよ。何か用?」
「別に。用なんかないさ」
「…そう」

 それなら、早く引っ込んでちょうだい。
 頭の良いあなたなら、私の望みくらい察してるはずよ。

 セリスは心の中で悪態をつく。

「君をなぐさめてあげようと思ってね」
「あなたになぐさめて貰ういわれはないわ」

 私は、あんたなんかに屈しない。

「…気丈だな」
 エドガーは苦笑する。
「さっきまで泣いてたくせに」
「な…、泣いてなんか!!」
 エドガーは微笑しながらこちらを見下ろしていた。

 吸い込まれてしまいそうな、エメラルドの瞳。
 生まれ持っての、王者としての風格。

 だめだ、かなわない。
 この人は、本当になにもかも見透かしている。

 本能的に敗北感を感じ、セリスは唇をかみしめてそっぽを向いた。
 風が耳元で、ごう、と唸り声をあげる。

「ロックは、元気だったよ」

 突然に、エドガーがぽつりと告げた。



 あまりにもさらりと聞かされた、衝撃の告白。
 一瞬ののち、セリスががばりと振り向く。

「“元気だった”って…。逢ったの、ロックに!?」
「……ああ」

 ロックに逢っていた!?
 そんな話は、まったく初耳だった。
 
「いつ!?いつ逢ったの!」
 セリスは、反射的にエドガーに詰めよる。
「…半年くらい、前かな」
 半年前といえば、セリスがまだあの孤島で深い昏睡状態に陥っていた時である。あまりの事実に、セリスは目眩すら覚えた。
「なんで!一度あったのなら…なんで今、一緒にいないのよ!?」
 ロックの無事を安堵するよりも、怒りの方が先に立つ。セリスの気持ちを知っていながら、この男はそれを今まで黙っていたのだ。

「…目的が違ったから、別れたんだ」
「目的って!目的は同じじゃない!ケフカを倒すこと!!」
 セリスは大きくかぶりを振って、叫んだ。
 エドガーの言っていることが、まったく理解できない。
「セリス」
 エドガーが、セリスの瞳を見据える。
「ロックが心配なことはわかる。それは、俺も同じだ。けど、あのときの俺たちには“旅を共にすること”より、もっと重要なものがあったというだけだ」
「……………」
 怪訝な表情をするセリスに、エドガーは溜息をついて続けた。

「俺にとっては“国”、ロックにとっては…わかるだろ?」

 セリスはハッと息をのんだ。

 ふたりにとって大事なもの。
 エドガーにとっては“フィガロ”。
 ロックにとっては…。

 ――――“レイチェル”!!

 世界が崩壊し“大切なもの”の安否がしれない状態。それを確認しにゆきたいという欲求を否定することなど、できようはずもない。

 セリス自身でさえ、そうなのだ。

 シドの死亡と孤独感に絶望し、みづから命を絶とうとさえしたセリス。
 しかしそこから立ち直り、こうして再び旅をはじめようと思い立てたのは、ロックが、愛するロックが生きているかもしれないという微かな希望――いや、彼女にとっては確信――を見いだしたからに他ならなかった。

 目的が違えば、別れは必然となる。

 セリスだって、まっすぐロックの元へと駆けつけたいが、その所在がわからなければどうしようもない。その手がかりを得るために、旅をしているのだ。
 そうなのだ。ケフカを倒すこと――確かに、今の自分にとってそれよりも重要なこととは、ロックに逢いたいということ。
 ロックにとってはレイチェルが損失していないことを確認することであり、エドガーにとっては自分の国が壊滅していないことを見届けることであったのだ。

「…ごめんなさい…」
 謝罪するセリスに、エドガーは微笑みかける。
「わかってもらえれば良いんだよ」

「ロックは、無事…」
 落ち着きを取り戻したセリスが、ぽつりと呟く。
「…あながち無事とも言い切れんさ」
「え…?」
「あいつのことだ。どんな無茶をするかわからない。まして、彼女の事が絡むとなると――なおさらだ」
「………」
 そうだった。半年前に無事であっても、いま現在無事であるという保証は、どこにもないのだった。セリスの顔がにわかに曇る。

「でも、あいつのことだからな。悪運だけは強い。殺したって死にやしないさ」
 一瞬の沈黙ののち、セリスが吹き出した。
「ぷ…っ、どっちなのよ!」
「大丈夫だよ。大丈夫に決まっているさ」
 エドガーがぽん、とセリスの肩に触れて微笑みかける。
 温かい手のひら。
 そうか。エドガーも、不安なのね。
 別れなければ良かったと思っているのね。
 私たちは、同じ立場なのね。

 ファルコンは、いつのまにか元帝国領の上空にさしかかっていた。

 シドのいかだで流れ着いた海岸。
 マッシュと再会して希望を取り戻した街。
 そして目の前には、“がれきの塔”。

 あのときは見上げることしかできなかったけれど、今なら、乗り込もうと思えばそれも可能になったのだ。仲間の、セッツァーの翼のおかげで。

 セリスは、甲板から大地を見下ろした。
 うずを巻くように、塔にむかってがれきが散乱している。まるで、そこら一帯にあったものが巻き上げられて“塔”を形づくったかのような…。

 セリスは、はっとした。

 そうだ。今思えばあれは、かつてベクタがあった所にそびえている。
 帝国首都、ベクタ。セリスが生まれ育った場所。
 がれきの塔を構成しているのは、ベクタの残骸なのだ…!

 その事実に、セリスは愕然とする。

 ひどい。ひどすぎる。
 良い思い出ばかりじゃなかったけど、確かに私の故郷だった。

 セリスは、甲板の手すりをきつく握りしめた。
 ――待っていなさい。
 私が、あんたを“裁いて”やるから。
 今はまだ、その時じゃない。
 それまでせいぜい、神を気取っているがいいわ。

 加速したファルコンは、夕闇に染まる大地に突き刺さる塔をかすめ、再び地平の彼方へと駆け抜けていった――。

END

だらだらと、何が言いたいのかわからないモノに。
憎しみでシメる小説。何でしょう。後ろ向きの情熱です。
さてさて。なんかセリス嬢、発言が過激です。
乙女モードと将軍様モードの乱れ撃ちです。
しかし、やはりそれが「セリス」なのだと思うです。
飛空挺入手時点でティナの生存も確認できている筈ですが、
それを文章に盛り込むとまとまりがなくなるので、省きましタ。
がれきの塔がベクタ跡っていうのは、もちろん周知ですよねぇ?


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