私が私であるために
1 GROOMY-DAYS

 こんなはずじゃ、なかったのになぁ……。

 近代的なデザインのビル内に、パンプスの乾いた靴音がカツンカツンと響く。
 紺色の細いストライプの入ったスーツを着た女性は、軽くため息をついた。膨大な量の書類を重そうに抱え、エレベータの呼び出しスイッチを押す。

 世界一の巨大企業、神羅カンパニー。
 この会社で、やりがいのある仕事をバリバリこなしたくて、極寒の故郷、アイシクルからはるばる出てきたのが3年前。
 あたしは、都会に憧れてた。
 ここでなら、自分の生き甲斐を見つけられると信じていた。

 チン、とチャイムが鳴り、扉がひらく。彼女はエレベータに乗り込み、36階のボタンを押した。電力管理セクション、彼女が配属されている職場があるフロアだ。
 彼女の名は、イリーナ=ポーラスタ。事務一般職として働きはじめて3年になる、21歳のOLである。
 彼女は最近、仕事に不満を持っていた。
 まぁ、就職してしばらくするとイメージと実態とのギャップに悩む、といったことは少なからず起こりうることである。けれど、ここは彼女が思い描いていた理想とはあまりにもかけ離れた職場だった。
 電力管理セクションのスタッフは5、6人であり、平均年齢もかなり若い。チーフもまだ33歳である。それなのに、上司も、同僚もとにかくやる気がないのだ。

 このミッドガルは、現在電気の力によってその機能が維持されている。魔晄炉から汲み取られる魔晄エネルギーを電気エネルギーに変換させ、各企業、各家庭へと供給しているのだ。その重要な責務を負うセクションは、間違いなくここであるはずである。
 しかし電力管理といっても、もはやそのほとんどがコンピュータで自動制御されており、上司の仕事はときどきモニターをチェックするだけでいい程度のようなのである。めったに起こり得ないことであるが、万一異常が見受けられた場合には書類の山にサインを求められることもある。が、それらの仕事はセクハラと同時に全部こちらにまわってくる。……この間、壱番魔晄炉がテロリストに爆破されたときは本当に大変だった……。同僚のOLはといえば、仕事のことよりも他セクションの男をひっかけることに頭がいっぱいの様子。結局、すべての雑務は彼女に任せられることになるのだった。
 聞くところによると、ここにまわされている仕事はほとんど意味がないもので、重要な仕事はすべて上層部で行われているらしい。つまり、ここは取引先の親戚をコネで入社させる際につくられた、名ばかりのセクションなのだ。イリーナがここに配属されたのも、単に上司の好みだったかららしい。

 あ〜あ、あたしはこんな事のためにミッドガルに出てきたのか……。
 じわじわと胸に広がる惨めさに、イリーナは深くうなだれる。
「やめちゃおっかな、こんな会社……」
 抱え込んだ書類の向こうに見え隠れするパンプスの先をぼんやりと見つめながら、イリーナは小さくつぶやいた。
 もちろん、ミッドガルでの生活のすべてに嫌気がさしているわけじゃない。
 同年代の女の子と愚にもつかないことをおしゃべりしたり、お洒落して映画を見に行ったり、レストランで美味しいディナーを食べられることは、すごく嬉しい。ミッドガルに出てこなければ、こんな楽しみは決して味わえなかったと思う。

 ……でも、なんか、虚しいのよね……。

 誰も待つ人がいないアパートに帰って、薄暗い部屋に入ると。それまで弾んでいた心が、急にしぼんで、冷たいすきま風が吹きぬけていく。
 その他大勢の中のひとり、それがあたし。
 それまでどんなにはしゃいでみせても、それは虚勢だってことが痛いほど思い知らされる。悲しい、やるせない、やりきれない。
 抑えきれない胸の圧迫感に懸命に耐えていると、そうすると故郷に残してきたお父さんとお母さん、そして妹の懐かしくてあたたかい笑顔が思い出されてくる…。

 イリーナの実家は、アイシクルロッジのふもとで観光客を一時的に迎える休憩所のようなものを営んでいる。
 アイシクルは世界の北の果て、極寒の地にあり、一年中融けることのない万年雪に閉ざされた白銀の世界である。この地は陸の孤島として知られており、徒歩でここにたどり着くためには険しい洞窟を命がけで越えねばならない。おいそれとは近づけぬ土地なのである。
 けれど、それも昔のこと。
 現在は、神羅系列の運輸・航空会社が定期的にヘリコプターを走らせており、スキーやスノーボードなどのウィンタースポーツを楽しみにくる観光客相手の産業が、この地の経済を支えているのである。
 しかし、いくら技術の粋を尽くして造られた航空機でも、雪上に着陸することは不可能である。事故を起こさないためには、平地に着陸するほかはないのだ。その条件を満たす場所は、一番近い所でもロッジから徒歩で30分程かかってしまう。観光客にしろ物資運搬の作業員にしろ、長く窮屈な航空の旅を終えた人々には、ひとときの休息が必要なのである。
 つまりイリーナの実家が営む休憩所は、ロッジまでの急な雪道を登る旅人たちのための重要な中継地なのであった。

 みんな、元気でやってるかな……。忙しくしてるのかな。
 やっぱり、ミッドガルになんか出てこないで、うちを手伝ってた方が良かったのかな……。
 でも、いざ会社を辞めるとなると……。
 イリーナは暗い顔でうつむいた。
 あたしが神羅に入りたいと言ったときにいろいろとお世話しててくれたカームのミリア叔母さんにも、すごく申し訳ないしなぁ……。
 叔母さんは結婚する前、神羅の都市開発に携わっていたことがある。その時のコネを使って、あたしに受験のチャンスを作ってくれたわけなのよ。だから、そう簡単に神羅を辞めるわけにはいかない。叔母さんの顔に泥を塗ってしまうことになるから……。
 どうしたらいいのかなぁ……と考えている間に、エレベータが指定したフロアに到着した。イリーナは慌ててエレベータを降りる。眼前に広がる無機質な廊下は、さながら魔物のように大きく口を開けてイリーナを待ちかまえていた。ため息をつきながら歩みを進めると、ガラス張りの窓から射し込んだ茜色の西日がイリーナの体から暗い影を押し出しているのに気付く。ふと外を見やると、哀しげなグラデーションを紡ぎ出す果てしない空が、夕暮れと宵やみの狭間で途方に暮れていた。
 ……それはまるで醒めることのない単調な夢。来る日も来る日も同じことの繰り返し。
 このまま会社に縛られて、あたしはこの終わりのない迷路のようなビルの中でひからびていくんだわ……。
 そう思うと、やるせなくなってくる。

 突然、たくさんの紙の束がバサバサと宙を舞った。イリーナの持つ書類である。
「きゃあッ、ごめんなさい!!」
「……ってーな、ドコ見て歩いてんだよ、このアマ……!」
 イリーナはちょうど角を曲がってきた人物と正面衝突してしまったのだ。
 思いがけなく浴びせかけられた汚い言葉に少しムッとして顔をあげた途端、イリーナは唖然とした。
 整髪料で逆立てられた赤唐辛子のように真っ赤な髪、頬のラインに引かれたペインティング、耳にはいくつものピアス。そしてだらしなく胸をはだけたワイシャツ。
 世界に君臨する一流企業、神羅カンパニーの本拠地であるこの神羅ビルを歩くのには明らかに相応しくない風貌の男が不機嫌そうにしりもちをついてこちらを睨んでいたからである。
 男は忌々しそうに舌打ちをして、尻をはたきながら立ち上がった。
「…ったく、ボーっとしてんじゃねぇぞ、と」

 な…なんなのこの人……。

 呆気に取られながらも、イリーナは必死に考えをめぐらす。
 もしかして、神羅の社員なのかしら……? それとも取引先の……?
 しかしそのどちらにしても、その男の格好はこの神羅ビルには似合うものではなかった。とはいえ、この人が着くずしている紺のスーツは数ある神羅社員の制服のうちの1つに見えないこともない……。
 イリーナはおそるおそる尋ねてみることにした。
「あ…あなたも神羅の社員なんですか…?」
「そーだぞ、と」
 男は不機嫌そうに頭を掻きながら床に散らばった書類をかき集め、呆然と座りこむイリーナにバサッと無造作に手渡した。
「今度からは気を付けろよ、っと」
 男はそれだけを言い残すと何事もなかったように、あくびをかみ殺しながら気だるそうに立ち去ろうとした。
 なっ……。
 なによ……、そっちだってボーっとしてたからぶつかったんでしょお!?
 それをまるで私だけが悪いみたいな言い方して!
 拍子抜けしたと同時に、イリーナの心に抑えられていた怒りがふつふつと沸き上がってきた。
 ……それに、なんなのよ。その他人を小馬鹿にしたような変なしゃべり方は……。
 ここは、会社なのよ……? それなのに、なんなのよ! その服は! その態度は! あんた、働く気、あるの!?
 イリーナの中で何かがぶち切れた。
「……制服くらい、ちゃんと着たらどうなんですか……」
「あぁ?」
 イリーナの口からもれた低い呟きに、男は怪訝そうに眉をひそめて振り返る。あからさまに不機嫌そうな表情をしている男の目をまっすぐに睨み付けながら、イリーナはツカツカとにじり寄った。
「あなたみたいな人がいるから、社内がダラけるんです!!」
「はぁ……!?」
 鼻先にピッと指を突きつけられ、訳も分からず男はただただ唖然としてイリーナを見下ろすばかりだった。

「ま、そーカタくなることもねーんじゃねーの、と」
 男がロビーわきに設置された自動販売機から取り出した缶コーヒーを投げてよこす。ひとしきりわめき散らしてちょっとばかり疲れたイリーナは、カンのタブを勢い良く引き抜き、ぐいとコーヒーを飲み干した。
「あ……あたしの職場はみんな軽すぎるんですッ!!」
 人通りがすっかり少なくなったロビーに、イリーナの声がこだました。外は、闇。上司から押しつけられた雑用ばかりに時間をとられ、輝けるときを失くしてしまったあたしの心の色。
「……あのな」
 イリーナが吐き捨てた言葉に、男はウンザリとした表情で頭を掻きながら言い放つ。
「あんたの職場のことなんか知るわきゃねーぞ、と。そんなに嫌ならさっさとやめちまえ」
 あまりにも無責任なその言葉にカチンときてイリーナは男を睨み付けた。
「な…なによ、他人事だと思って……!」
「あぁ…他人事だぞ、と」
 男はしれっとしてそう言った。イリーナは少々ムッとしたが、……言われてみれば確かにその通りである。あたしの人生なんてこの見ず知らずの男に関係あるハズがない。
 そうよね。あたしがどんな思いで働いてようと、他人にはどーでもいいことなのよね。真面目にコツコツやってるヤツがいつも馬鹿をみるんだわ。いいかげんな人ほど世渡りがウマイのよ。……不公平だわ……!
 イリーナがむっつりと黙りこくっていると、男がやがて口を開いた。

「自分に向いてない仕事をやり続けるのは苦痛でしかないぞ、っと」
 思いがけない言葉にイリーナは耳を疑う。
 なん……なんですって?
 こんないい加減そうな人が、こんなことを言うもんなの……?
「へぇ、慰めてくれるんですか。あなたって、意外といい人なんですね」
 一応皮肉っぽくそう言ってみたイリーナに、男はぴくりと眉をひくつかせる。
「……あのな」

 ピピピピピ、ピピピピピ。

 突然、単調な電子音がその言葉をさえぎった。男が持つ携帯電話の音だ。
「お…っと、お仕事お仕事」
 それだけを言い残すとだらしない風貌の男は去っていった。

2 DRASTIC DECISION

 昼下がりの神羅ビルは、空調設備がここちよくきいて、とても過ごしやすい。チーフもすやすやと眠っておいでだ。
「……はい、では後ほどお伺いいたします」
 イリーナが受話器を置くや否や、同僚のローラがきつすぎるパルファムの香りを振りまきながら微笑みかけてきた。
「イリーナ、今の内線、人事部からでしょお?」
「……そうだけど?」
 内心ギクリとしながらデスクの書類を整えるふりをするイリーナの顔を、ローラがじーっと見つめてくる。明るいブラウンの瞳に見透かされそうだ。
「な……なんなのよぉ」
「うふ、うふふふふふふ!」
 突然そう笑い出したかと思うと、ローラは軽くウエーブのかかった栗色のセミロングの髪をかきあげてイリーナの背中をばんばん叩きだした。
「んもぅ、イリーナったら! そうゆう素振り全然見せてなかったのに、ちゃんとやってんじゃないのぉ〜」
「……え?」
 キョトンとするイリーナに、ローラはうっとりと手を組みながら続ける。
「ウォルス課長っていったら、カッコイイしィ、いいひとだしィ、背高いしィ、若いのに仕事できるしィ、お金持ってるしィ、言うことないじゃない!」
「は……はァ…?」
 なにがなんだか良くわからない……。ウォルス課長は確かに人事部の人だけど、それがどう関係あるの? イリーナが首を傾げると、ローラはにま〜っと微笑みながらイリーナの手を取った。
「あたし心配してたのよォ? イリーナってばいっつもマジメで男っ気全然ないじゃない? 人生ムダにしてるわ〜って思ってたワケ。そっか〜、あんたにもよーやくやる気になったのねェ〜」
「やだ、そーいうんじゃないってば!」
 誤解を解こうとするイリーナを、ローラはまあまあとなだめる。
「いーのよ、いーのよ! 隠さなくっても。とっても喜ばしいコトじゃないの。ねぇ、今度合コンやりましょ! 彼にメンバー集めるようお願いしてみて☆ 今度こそいい男つかまえるんだから!」
 目を輝かせて握り拳をつくってみせるローラにちょっと呆れながらイリーナは資料をデスクに戻す。
「ローラ……。男当てにするよりちょっとは自分を磨いた方がいいんじゃないの? 資格とか取ったりしてさ」
「えーっ、オンナは愛嬌があればいいっておじさまもいってたもーん」
 ローラはうふふと笑みを浮かべている。
「でもねぇ、今のうちはそれで良いかもしれないけど、もーちょっと歳取ったらだァーれも相手にしてくれなくなるのがオチ! そのときに泣きを見るのは自分なんだからね」
「だいじょーぶよ〜、そーなる前にちゃーんと結婚してみせますから!」

 う〜ん。しあわせな、ひとだなぁ。
 まぁこういうのは個人の価値観だからねぇ。
 結婚も確かに女の幸せのひとつかもしれないけど……。

「あっ、あたし今日早退することになってるから、残りよろしく頼むわね」
 これ以上つづけるのもどうかと思ったので、イリーナは話題を変えた。
「彼のトコね? がんばってねー! 応援するわー!」
「あ……はは…」
 もぅ、面倒だからそーゆーことにしとこう……。

 廊下に出たとたん、ため息が漏れた。
 つ…疲れる…。こんなんでいいんだろうか、会社って…。
 ……だいたい、あたしはウォルス課長本人には会ったことすらないんだから。あたしが入社したときの人事課長は前任のオジサンだったんだし。ローラによると、ウォルス課長は36歳・独身・カッコイイ!ってことらしい。ローラのこの手に関する情報収集能力は目を見張るものがある。それを仕事で活かせればスゴイのになぁ。
 …確かローラって、神羅に融資してるリーオン銀行の会長の姪だったわよねぇ…。会社機構を再構築する必要おおありなんじゃないかしら……。
 けれどイリーナ自身もコネを使って入社した身であったりするので、あまり偉そうなことを言える立場ではなかったりする。
 そんなことを考えているうちに、人事課の扉の前に到着した。

「では課長がお戻りになられるまで、こちらに掛けてお待ち下さい」
ブルーグレーの制服をまとったショートボブの事務の女性がイリーナを待合室に案内し、軽く会釈して退室した。イリーナはため息をつく。
 神羅カンパニー人事部には、膨大な数の従業員のあらゆる個人データが保管されているコンピュータが設置してある。関係者以外立入禁止という厳重な管理体制のもとにあるセクションである。ルームの中にもこうして待合室が設けてあることからも、うかがい知ることができよう。
ソファに腰を下ろしたイリーナは、あたりを見回してみた。
 淡いクリーム色の壁と天井。防音加工がほどこしてあるので、とても静かだ。こうやって一人で座ってると、自分だけが世界から取り残されたような錯覚におそわれる。

 あれから――あの人に、会ってから。あたしは人事課にたびたび出向いて、配置移動を申請してみた。思いのたけをぶつけ、やることはやった。
 これでダメなら、もうホントにやめる。実家に帰ってうちを手伝おう。
 これが私に残された最後のチャンス。これが受け入れられないならば、神羅はあたしを活かせる会社じゃなかったって事だ。
 こう思えるようになったのも、あの人のおかげだ。
 あの時は無性にイライラしてて深く考えなかったけど、いきなり見ず知らずの女が勝手にボーっとして勝手にぶつかって文句言って、自分のことばっかまくし立てたっていう状況なのに、あの人は憤慨することなくアドバイスしてくれたんだものね。
 案外見かけよりいい人なのかもしれない。
 今度逢ったら、ちゃんとお礼くらいはいっとかないと……。

ぼんやりとそんなことを考えていると、コンピュータ室の扉がそっと開いた。イリーナは一人の青年が伸びをしながら出てきたのに気づく。
「ふー、疲れた」
 ライトブラウンのサラサラの髪をごく自然にすっきりとセットした、いかにも若手社員です!というような爽やかさを漂わせた青年は、イリーナの姿に気付くと人なつこい笑顔で話しかけてきた。
「君、配置移動を申請してる子だろ? 珍しいよね。あ、オレ、クライン。見ての通り、人事部所属ね」
「はぁ…、私、イリーナと申します」
「はは、別にかしこまることないよ、普通にしてよ」
「あの……仕事、いいんですか?」
「いーのいーの、ちょっと休憩」

 こ…こんなんばっかかい…。

「ねぇ、なんで移動したいの? オレが言うのもなんだけど、あそこは適当にやってりゃそれなりの収入が入ってくる、ラクといえば楽なセクションなんだろ? 上司とのウマが合わないのかい? 君のような芯のしっかりした人材は是非ともあのセクションに置いておきたいってのが課長の意向なんだけど」
 クラインと名乗る青年はマシンガンのように質問を浴びせかけてくる。
「あのねぇ……」
 イリーナはたまらず反撃を繰り出す。
「あたしはラクするために神羅に入ったワケじゃないの。もっとこう…生きがいとかやりがいとか。あたしだから任されるっていうような仕事がしたいと思ってるんです。……男の人ならそういうのに巡り会えるチャンスって結構あるんだと思いますけど」
 ラクだからどうとか、そういう基準で仕事をしていると思われるなんてたまったもんじゃない。仕事はもちろん収入を得るための手段でもあるけれど、同時に自分のアイデンティティを保持するためのものでもあるのよ!!
「ふーん、真面目なんだね。立派、立派!」
「……別に普通だと思いますけど……」
 まるでバカにしているかのような物言いに、イリーナは少しばかりムッとする。が、そこは態度に出ないよう、必死に努力する。

「自分だから任される仕事、かぁ。難しいよね、そういうの見極めるのって」
「…………」
 突然、先ほどとはうってかわって神妙な顔つきでクライン話し出した。
「人生に於いて何が正しくて何が間違ってたかなんて、死ぬ間際でも分かんないもんだと思うし……まぁ、今は嫌だ嫌だと感じてることでも、後になって考えるといい経験だったって思えることもあるんだろうね」
「……何が言いたいんですか?」
 まるで、一時の感情に流されず、もうちょっと我慢して今のセクションにいたらどうか?って遠回しに勧めているように聞こえる。
「んー?別に♪」
 またしてもすっとぼけるクラインに、イリーナは今度こそカチンときた。
「お言葉ですけどぉ、何が正しいか分からないからこそ、自分がしたいようにやってみようと思っただけです。無理して我慢するよりこっちの方が良いと思ったから、こうしようと思ったんです!」

 思いの丈をぶつけて肩で息をするイリーナに、クラインは微笑みながら言った。
「…人物採点、合格!」
「え?」
 イリーナはきょとんとして目を瞬かせる。
「いや〜、キミの本気っぷりをちょっと試してたんだよ」
「えぇ?」
「課長が、今日は都合つかなくなったらしくてね。代理面接!」
「は…はぁ…」
 そんなもんなのかなぁ、と眉をひそめるイリーナをよそ目に、クラインはにこやかに微笑んだ。

「食事って……コレですか……」
イリーナは手渡されたハンバーガーを見つめてつぶやいた。
「あれ? 不服?」
 向かいの椅子に腰かけなから、クラインはとぼけた表情で問う。

 人々が行きかう雑踏のわき、若者たちに人気のファストフード店の一角。
 場所を変えよう、とクラインに連れてこられたのがここだった。

「まがりなりにも『面接』とか言うもんだから……」
 もうちょっとくらい豪華なものを期待していたイリーナは、言葉をにごす。
「ははは、残念でシタ! でもこの方がかしこまらなくていいだろ?」
「……まぁね」

 ミッドガル3番街は、若者たちの街だ。
 お洒落なブティックや、小綺麗な喫茶店、可愛い雑貨屋、最先端の電子機器店などが所狭しと立ち並び、一体これほどの人間がどこから湧いてきたのかと思うくらいの人混みで埋めつくされる。
 キュートでクールなファッションをした若者たちの群れをぼんやりと眺めながら、イリーナは知らずため息をついた。
「こらこら、ため息ばっかついてると、幸せが逃げるぞ〜?」
「逃げるほど幸せもってませんから」
 なんかふてくされたようなセリフを吐いてしまったイリーナに、クラインは困ったような笑みを浮かべる。
「あ〜もぅ。若いんだから人生、楽しもうよ」
「ふふ、ごめんなさい」
「――面接、終わり! これからはオフね」
 そう言うが早いか、クラインはネクタイを緩めて椅子に深く腰かけ直した。
「イリーナさんは可愛いんだからさぁ、あんまり後ろ向きなセリフ似合わないよ?」
「か、か、可愛い!?」
 言われ慣れない形容詞に、イリーナは目を白黒させる。
「それと、真面目なのはいいけど、いつもしかめっ面だと疲れるんじゃない?」
「えぇっ!? わたし、そんな顔してるんですか…」
 イリーナは少しばかり愕然とする。
「うん。一生懸命!っていうか必死っていうか。悪く言えば、余裕がない」
「はぁ……」
「ちゃんと休んでる? 体動かして気分転換とかしてる?」
「会社のジムはたまに利用してますけど……」
「体力には、自信ないの? コスタ・デル・ソルでサーフィンとか、楽しいよ――」
「ううん、体力には結構自信あるわよ。コスタ・デル・ソルも一度行きたいと思ってるの。私、ミッドガルに出てくるまでアイシクルにいたんだけど、あそこ、豪雪地帯でしょ。もぉ、いっつもいっつも雪かきばっかしてて、すっかり鍛えられちゃって――。だから、そんなこと必要のない国とかすごく興味持っちゃって、前々から行ってみたいなーと思ってたとこ、結構あるんですよ! 旅行雑誌とかみてため息つくばっかりで。仕事ででもなんでもいいから行きたいってカンジで――」
「へぇ、そうなんだ」

 イリーナは、クラインを上目で見上げる。
「あなたは、仕事に生きがい感じてます? 今の仕事、楽しいですか?」
 やはり仕事の話に戻ってしまうイリーナに、クラインは苦笑する。
「あぁ、もちろん」
「その割にはサボリたがってるみたいですね」
「やるときゃやる!ってのがオレの信条だからね。仕事は、メリハリをつけてやるもんなんだよ」
「……そんなもんなのかな、やっぱり」
 チーフたちも、そうなのだろうか。イリーナはいままでを振り返って考えてみる。少なくとも、イリーナの目にはちっともそうは映らなかった。
 すっきりしない気持ちを紛らわせるように、イリーナは少なくなったオレンジ・ジュースを飲み干した。

3 STEP BY STEP

 き、今日が面接だわ――。
 イリーナはごくりと生唾を飲み込む。

 クラインとの面接(?)から十数日後、イリーナは彼の薦めでタークスの面接を受けることになった。タークスとは、正式名称を“総務部調査課”という。治安維持部門の特別職で、重役の警護やソルジャーのスカウトなどを行うのが主な仕事内容だ。いわば神羅の裏の仕事をこなす少数精鋭のエリート部隊で、一般人はその存在すら知りえることがない。かくいうイリーナも、クラインからの話によって初めてその存在を知った。
 それゆえ、彼らのミーティングルームもカードキーがないと行けないフロアにある。
 神羅カンパニーでは一般社員は60階以上には上がれない。上層部のお偉方は、それぞれの階級に応じてのカードキーが支給されており、それぞれに許可されたフロアまでしか行くことができない。

 だから今日はまず、クラインと待ち合わせをして、タークスのミーティングルームに案内してもらうことになっているのだ。
 神羅ビル正面玄関の前でひとり感慨にふけっていたイリーナだったが……。
「やだ! 浸りすぎて約束の時間に遅れちゃう! あ〜もう、あたしのバカ――!!」

 イリーナが1階フロアに駆け込むと、ちょうどエレベーターに誰かが乗り込んだところだった。
「あ、そのエレベーター待って! 乗ります……!」
 扉は一瞬閉じかけたが、再び開いた。中でOPENボタンを押してくれているのだろう。イリーナは小走りでエレベーターへと向かう。
 イリーナが無事乗り込むと、扉がゆっくりと閉まった。礼を言おうと、イリーナは肩で息をしながら顔をあげる。
「すみませ……あ――っ!!」
 その人物を見て、イリーナは素っ頓狂な声をあげる。その人物は、あのときイリーナの話を聞いてくれた、だらしない風貌の男だったのだ。
「なんだ…この間の…イリーナじゃねーか、と」
「な…っ、なんであたしの名前…っ!?」
 あのとき名前なんて教えてないのに、と訝しがっていると、男はニヤニヤしながらイリーナの胸を指さした。
「あっ…」
 そこには、神羅のネームプレートが。一般社員が必ず付けているものだ。
 ……こんなの目ざとくチェックしてたなんて、やっぱりロクな奴じゃないわ……。
 白い目を向けるイリーナに、男はニヤリと笑う。
「プロフェッショナルは、常に情報をすばやくキャッチするもんだぞ、と」
「なーによ。レノさんは女ったらしなだけなんじゃないの?」
 イリーナが言い返すと、男――レノは、ぴくりと眉を動かす。
「ほー…俺の名前しってるんだな、と。さては惚れたな…?」
「…………」
イリーナが足を踏みつけてやると、レノはうめいた。
「人事課のクラインさんから聞いたんです!あなたが入社したときも何度かお世話したって。よ〜〜〜く覚えておいででしたよ!!」
「ほ〜〜、聞いた、ね…。そんなに俺のことを…。さては今流行りのストーカー……」
 イリーナはもう一度レノの足を思いっきり踏みつけた。
「――痛ってぇ!!おまえな!俺はケガ人なんだぞっ!?」
「あら、ホント」
 確かに、レノはあちこちに包帯を巻いており、痛々しい姿だった。
「……こんなに仰々しく包帯まいてあるんだから最初に気付けよ……、と」
 実にもっともなぼやきだったが、イリーナは聞こえぬふりをする。――が、生まれもっての好奇心だけは、どうしても抑えることができなかった。
「どうしたんですか、そのケガ」
「……なんでもないぞ、と」
「なにかドジでも踏んだんですか?」
「――――……」
「あ、もしかして図星ですか」
「……うるせぇな、と」
「なんですか“うるさい”って。心配してあげてるのに」
「どこが“心配”だ。ただの野次馬根性だろうが。こんなカスリ傷、おまえなんかに気遣ってもらうほどのモンじゃねぇぞ、と」
「……あ、そう」
 レノの言い分にカチンときたイリーナは、レノの背中をおもいっきりはたいた。
「――――!!!!!」
 レノは凄まじい表情でイリーナを睨む。が、イリーナも怯まない。
「…どこが“カスリ傷”よ。だいたい立ってるのもやっとな酷いケガなのに、どうしてこんなとこに来たりしてるんですか」
 真摯なイリーナの言葉に、レノはぷいとそっぽを向き、吐き捨てるように呟いた。
「……仕事、だからな」

 イリーナはハッとした。

 ――仕事。
 自分が、自分でいるための誇り。
 何物にもかえがたい、存在意義。

 ゴンゴンゴンという音だけが密閉した空間に響く。
しばしの沈黙が、エレベーターを支配する。
 そうだ。
 あたしが部署移動を決意したのも、このひとのおかげだったんだ。

 お礼、言わなきゃ……。

 けれど、そう思い立った瞬間になんだかとても気恥ずかしさが増してくる。
 つい先程まで悪態をついていた相手に、どんな顔してを感謝の言葉をかければいいのだろうか?
 しかし、降りるフロアは無情にも近づいてくる。
 ただでさえ、この広い神羅のオフィス。
 今をのがしたら、約束でも取りつけない限り、今度いつ逢えるかわからない。
 迷惑をかけるだけかけて知らん振りなど、イリーナにはできなかった。

「……あの時は、愚痴って悪かったわね」
「んぁ?」
 意を決したイリーナの言葉に、訝しげな顔をするレノ。
「あなたのおかげで、目が覚めたような気がする。悔いのない人生を送るって決めた」
「――――……?」
 事態が飲み込めないレノであるが、そんな様子には気づかず、イリーナは一方的に感謝の言葉を紡ぎだしてゆく。
 そうこうしているうちに、エレベーターはイリーナの目的のフロアに到着した。
「吉と出るか凶と出るかわかんないけど、ありがとう」
 ポカンとするレノを残し、イリーナは開いた扉から駆け出した。

「よッ、イリーナ!」
 己の名を呼ばれ、イリーナは振り向いた。ライトブラウンの髪の青年が、にこやかな表情で手を振りながら歩いてくる。
「クラインさん。おはようございます」
 イリーナとクラインは、面接室のあるフロアへと向かいながら言葉を交わす。
「昨日はよく眠れたかい?」
「いえ……、やっぱりちょっと緊張しちゃって」
 目的のフロアへは、エレベータではなく階段で行くようだった。かすかにこだまする話し声、指先に触れる手すりのひんやりとした感覚。灰色の壁に囲まれた空間を、螺旋状に登ってゆく。
「はは、そう固くなることもないよ…って言ってもムリな話だよな」
「そうですよー。だって人生の節目ですもん」
 目的のフロアについたらしく、クラインはカードキーをドアノブの横あたりに設置してある機械にスッと通す。すると、ピッという音がして、扉が静かに開いた。
「はー、便利なものがあるんですねぇ…」
「キミもタークスになったら支給されるからね――」
 初めて足を踏み入れるフロアは、会議室ばかりが寄り集まっているものらしく、開けた空間はほとんどなかった。右にも左にも同じような扉がいくつもいくつも延々と続き、まるで迷路の中にいるような錯覚さえ感じられた。
 ふと、クラインがある扉の前で立ち止まる。
「ほら、着いたよ」
 イリーナはごくりと唾を飲み込んだ。
「どう?覚悟はいいかい?」
「は、はい――!」

 コンコン。
 クラインがノックすると、中から、はい、という男の声。するとクラインが、いつもとはうってかわった落ち着き払った声で、中の人物に声をかける。
「……私だ、失礼するよ」
「どうぞ。お待ちしておりました」
 扉を開けて部屋に入るクラインに促され、イリーナも伏し目がちに続く。
 こういうのは、最初が肝心。
 意を決して精一杯の笑顔をあげたイリーナは次の瞬間おもいっきり素っ頓狂な声をあげてしまった。
「はじめまして、イリーナと申しま……レっ、レノさん!?」
 そこには、まぎれもなくさっきエレベーターで別れたばかりのレノがいた。

「……ったく、そんな大声出すことネェだろーが……」
 眉をしかめて包帯に巻かれた腕を組んでいるレノに、隣りに立っていた東洋系のすらりとした男が尋ねた。
「レノ、知り合いなのか?」
「ま、ちょっと、ね」
「えぇっ、あなた、タークスだったんですかぁ!?」
 それには答えず、不機嫌そうな顔で口を尖らせる。 
「……ったく、てめぇが面接受けに来るってゆーから、俺は退院したばかりだっていうのにわざわざ呼びだされたんだぞっと」
「ははは、なに言ってんだ、レノ。元はといえば、おまえがそんなケガなんてするからタークスが人手不足になったんだろ」
 クラインにたしなめられ、レノはバツが悪そうにそっぽを向く。
「…………レノ」
 さっきからずっと黙っていたサングラスの大男が、レノを慰める。
 そんなふたりに苦笑しながら、クラインは主任らしき東洋系の男に声をかけた。
「でも彼女ならば立派にタークスとしての任務を任せられますよ。私が保証します」
「そうですか。人事課長がそうおっしゃるなら安心です」

「えぇッ!? か…課長って……? あなた、クラインさんじゃ……?」
動揺してうろたえるイリーナに、クラインはにっこりと微笑んでみせた。
「そ。ウォルス=レン=クライン、オレの名前」
 それじゃあ、クラインさんが、課長?
 いつかローラが言ってた、人事課のウォルス課長ってコト!?
「な……なんで黙ってたんですか!? レノさんもクラインさんも人が悪いですッ!」
「ははは、別に黙ってたわけじゃ……、あるよなぁ」
 クラインは困ったような笑みを浮かべたが、優しく語りだした。
「でも最初から課長として会ったら、その人材の本質を見抜くのは難しくなる」
 イリーナの肩を軽くたたき、クラインは微笑んだ。
「限りなく自然体に近い君を垣間見たからこそ、自信を持って推薦できると判断したんだ。この神羅でもっとも責任あるタークスにね」

 タークスのリーダー、ツォンさんがにこやかに微笑みながら手を差し出した。
「女性にはちょっとハードかもしれないけど、よろしくたのむよ」
「は、はい! こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!」
 イリーナはぺこりと深いお辞儀をする。

 これから、あたしの新しい一歩が始まるんだ――…!

「これで少しはタークスも華やかになるかな」
「やだ、ツォンさんったら!」
「……ったく、いい気なモンだぜ」
 小躍りするイリーナに、レノが冷ややかな視線をおくる。
「それより、わかってんだろうな」
 イリーナの鼻先に指を突きつけ、レノが低く言った。
「タークスに、女はいらない」
「な……!」
 目を丸くして言葉を詰まらせるイリーナに、レノはにやりとして付け足す。
「タークスに必要なのは、仕事のできる奴だ……」

「はいっ、がんばります!」
 イリーナは、とびっきりの笑顔でそう答えた。

END
あぁ、なんかこの小説、文章が説明くさくてダメダメですね〜ッ!
読むのがスゴク苦痛じゃありませんでしたか!?
めっちゃ御都合主義なうえに先がよめてしまう……。
……内容もないよぅ……。
闇に葬り去っても良かったけど、途中まで書いてあったし…。
執筆期間、何年だろう…?覚えてないや…。
ほったらかしにしていた期間の方が長いですな。
最後まで根気強くおつきあい下さり誠にありがとうございました!

自分とは違うタイプの「前向きな」人間を描くのは疲れますね(-_-;
ちなみにコレはベースが殆ど学生時代に書いたモンなんで、
会社機構とかテキトウです。
…こんなイイカゲンな会社あるわきゃないって…。
民間企業である以上、利益を追求せねばならんのだから。
企業はボランティアではないのじゃよ。


戻る