こんなはずじゃ、なかったのになぁ……。 近代的なデザインのビル内に、パンプスの乾いた靴音がカツンカツンと響く。
世界一の巨大企業、神羅カンパニー。
チン、とチャイムが鳴り、扉がひらく。彼女はエレベータに乗り込み、36階のボタンを押した。電力管理セクション、彼女が配属されている職場があるフロアだ。
このミッドガルは、現在電気の力によってその機能が維持されている。魔晄炉から汲み取られる魔晄エネルギーを電気エネルギーに変換させ、各企業、各家庭へと供給しているのだ。その重要な責務を負うセクションは、間違いなくここであるはずである。
あ〜あ、あたしはこんな事のためにミッドガルに出てきたのか……。
……でも、なんか、虚しいのよね……。 誰も待つ人がいないアパートに帰って、薄暗い部屋に入ると。それまで弾んでいた心が、急にしぼんで、冷たいすきま風が吹きぬけていく。
イリーナの実家は、アイシクルロッジのふもとで観光客を一時的に迎える休憩所のようなものを営んでいる。
みんな、元気でやってるかな……。忙しくしてるのかな。
突然、たくさんの紙の束がバサバサと宙を舞った。イリーナの持つ書類である。
な…なんなのこの人……。 呆気に取られながらも、イリーナは必死に考えをめぐらす。
「ま、そーカタくなることもねーんじゃねーの、と」
「自分に向いてない仕事をやり続けるのは苦痛でしかないぞ、っと」
ピピピピピ、ピピピピピ。 突然、単調な電子音がその言葉をさえぎった。男が持つ携帯電話の音だ。
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昼下がりの神羅ビルは、空調設備がここちよくきいて、とても過ごしやすい。チーフもすやすやと眠っておいでだ。 「……はい、では後ほどお伺いいたします」 イリーナが受話器を置くや否や、同僚のローラがきつすぎるパルファムの香りを振りまきながら微笑みかけてきた。 「イリーナ、今の内線、人事部からでしょお?」 「……そうだけど?」 内心ギクリとしながらデスクの書類を整えるふりをするイリーナの顔を、ローラがじーっと見つめてくる。明るいブラウンの瞳に見透かされそうだ。 「な……なんなのよぉ」 「うふ、うふふふふふふ!」 突然そう笑い出したかと思うと、ローラは軽くウエーブのかかった栗色のセミロングの髪をかきあげてイリーナの背中をばんばん叩きだした。 「んもぅ、イリーナったら! そうゆう素振り全然見せてなかったのに、ちゃんとやってんじゃないのぉ〜」 「……え?」 キョトンとするイリーナに、ローラはうっとりと手を組みながら続ける。 「ウォルス課長っていったら、カッコイイしィ、いいひとだしィ、背高いしィ、若いのに仕事できるしィ、お金持ってるしィ、言うことないじゃない!」 「は……はァ…?」 なにがなんだか良くわからない……。ウォルス課長は確かに人事部の人だけど、それがどう関係あるの? イリーナが首を傾げると、ローラはにま〜っと微笑みながらイリーナの手を取った。 「あたし心配してたのよォ? イリーナってばいっつもマジメで男っ気全然ないじゃない? 人生ムダにしてるわ〜って思ってたワケ。そっか〜、あんたにもよーやくやる気になったのねェ〜」 「やだ、そーいうんじゃないってば!」 誤解を解こうとするイリーナを、ローラはまあまあとなだめる。 「いーのよ、いーのよ! 隠さなくっても。とっても喜ばしいコトじゃないの。ねぇ、今度合コンやりましょ! 彼にメンバー集めるようお願いしてみて☆ 今度こそいい男つかまえるんだから!」 目を輝かせて握り拳をつくってみせるローラにちょっと呆れながらイリーナは資料をデスクに戻す。 「ローラ……。男当てにするよりちょっとは自分を磨いた方がいいんじゃないの? 資格とか取ったりしてさ」 「えーっ、オンナは愛嬌があればいいっておじさまもいってたもーん」 ローラはうふふと笑みを浮かべている。 「でもねぇ、今のうちはそれで良いかもしれないけど、もーちょっと歳取ったらだァーれも相手にしてくれなくなるのがオチ! そのときに泣きを見るのは自分なんだからね」 「だいじょーぶよ〜、そーなる前にちゃーんと結婚してみせますから!」 う〜ん。しあわせな、ひとだなぁ。
「あっ、あたし今日早退することになってるから、残りよろしく頼むわね」
廊下に出たとたん、ため息が漏れた。
「では課長がお戻りになられるまで、こちらに掛けてお待ち下さい」
あれから――あの人に、会ってから。あたしは人事課にたびたび出向いて、配置移動を申請してみた。思いのたけをぶつけ、やることはやった。
ぼんやりとそんなことを考えていると、コンピュータ室の扉がそっと開いた。イリーナは一人の青年が伸びをしながら出てきたのに気づく。
こ…こんなんばっかかい…。 「ねぇ、なんで移動したいの? オレが言うのもなんだけど、あそこは適当にやってりゃそれなりの収入が入ってくる、ラクといえば楽なセクションなんだろ? 上司とのウマが合わないのかい? 君のような芯のしっかりした人材は是非ともあのセクションに置いておきたいってのが課長の意向なんだけど」
「自分だから任される仕事、かぁ。難しいよね、そういうの見極めるのって」
思いの丈をぶつけて肩で息をするイリーナに、クラインは微笑みながら言った。
「食事って……コレですか……」
人々が行きかう雑踏のわき、若者たちに人気のファストフード店の一角。
「まがりなりにも『面接』とか言うもんだから……」
ミッドガル3番街は、若者たちの街だ。
イリーナは、クラインを上目で見上げる。
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き、今日が面接だわ――。 イリーナはごくりと生唾を飲み込む。 クラインとの面接(?)から十数日後、イリーナは彼の薦めでタークスの面接を受けることになった。タークスとは、正式名称を“総務部調査課”という。治安維持部門の特別職で、重役の警護やソルジャーのスカウトなどを行うのが主な仕事内容だ。いわば神羅の裏の仕事をこなす少数精鋭のエリート部隊で、一般人はその存在すら知りえることがない。かくいうイリーナも、クラインからの話によって初めてその存在を知った。
だから今日はまず、クラインと待ち合わせをして、タークスのミーティングルームに案内してもらうことになっているのだ。
イリーナが1階フロアに駆け込むと、ちょうどエレベーターに誰かが乗り込んだところだった。
イリーナはハッとした。 ――仕事。
ゴンゴンゴンという音だけが密閉した空間に響く。
お礼、言わなきゃ……。 けれど、そう思い立った瞬間になんだかとても気恥ずかしさが増してくる。
「……あの時は、愚痴って悪かったわね」
「よッ、イリーナ!」
コンコン。
「……ったく、そんな大声出すことネェだろーが……」
「えぇッ!? か…課長って……? あなた、クラインさんじゃ……?」
タークスのリーダー、ツォンさんがにこやかに微笑みながら手を差し出した。
これから、あたしの新しい一歩が始まるんだ――…! 「これで少しはタークスも華やかになるかな」
「はいっ、がんばります!」
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自分とは違うタイプの「前向きな」人間を描くのは疲れますね(-_-;
ちなみにコレはベースが殆ど学生時代に書いたモンなんで、
会社機構とかテキトウです。
…こんなイイカゲンな会社あるわきゃないって…。
民間企業である以上、利益を追求せねばならんのだから。
企業はボランティアではないのじゃよ。